第四十九話『敵襲』―4
研究室から出て、寿途が扉を覆うように木の枝を絡ませ固定する。
侵入者がこれに触れると、寿途へ伝わり、彼が木を遠隔操作する事で侵入者を捕らえられる。
この地下にはエレベーターもあるが、階段を上がっていく。
もし透明化した敵が居ても、足音や羽音が狭い空間に反響して分かりやすいからだ。
そして、
「テッテレー!」
臣弥がテンション高めに掲げた、手のひらサイズの円柱型の物体。
「ちょっと改造してある加湿器です」
乾電池で動くらしい。
それを起動させ、噴出量を最大にすると――水蒸気が前に向かってブワッと広がった。
「そっか……このじょうきが動いたら、敵がいるってわかる……」
寿途は膝を打つ気持ちで臣弥を振り返る。
実際、康成は土埃を頼りに合成生物の居場所を割り出していた。
臣弥はというと笑顔のままで、いいえ、と否定する。
もうすぐ一階。
寿途は目の前の水蒸気が不自然に動くのを目視し、身構えた。
白んでいる蒸気の中にうっすらと灰色の影が動くのが見え、木の根をそれに絡める。
すると、ギェッ、と汚い声がして、影はその場に倒れ込んだ。
木の根を引き寄せると、背に羽を持った男がもがきながら引き摺られてきた。
階段の角にゴンゴンと頭をぶつけながら。
「あれ……見える……けど……」
寿途は透明化の薬の効果が切れたのかと思ったが、様子がおかしい。
この男、全身が茶色い。
「洋介君が残していったデータの中に、体の色を変えるものがいくつかありましてねぇ。普段は用心深いのに、こういう時に抜けちゃうものなんですよねぇ。人って」
にこにこ笑いながら臣弥が言う。透明になる薬を作る前段階が、“体の色を変える薬”だったのだろう。
「相手が見えないなら、見えるようにするまでです」
とても単純な事だ。
それは勿論、泥水や絵具、ジュースや自分の血液でも代用可能だ。
気付いた会員は実践しているだろう。
わざわざ洋介が作っていた薬と同じものを用意するところに、臣弥の性格がよく表れている。
寿途は、この加湿器を色んな場所へ置けばいい。
と思ったが、時間と手間を考えるとやはりスプリンクラーの方が早いと考えが至る。
茶色い合成生物男を引き摺りながら一階へ出た。
所々に爆発の痕跡があり、虫の部位と人間の部位がそこらじゅうに散乱している。
壁は剥がれ、廊下も捲れ窓ガラスも砕け落ちていた。
この一件が終わったら建て替えるしかないな、と思いながら臣弥が周りを見回していると、また爆発が起きた。
合成生物を殺すと爆発する可能性がある。
という事にも、会員たちはもう気付いているようで、寿途のように合成生物を捕縛してそのまま放置している姿も見られる。
負傷者は多数見られるが、死者はまだ確認していない。
「拓人君のお札のお陰ですかねぇ。流石、ヒデの息子様と言うべきか……ですねぇ」
《A級》負傷者が居ないことから、そんな事を呟く。
途中躓きながらも階段を駆け上がり、屋上のタンクまで辿り着いた。
タンクに薬を入れ、スプリンクラーを作動させると、茶色い合成生物が次々と姿を現す。
それを見下ろし、臣弥は胸を撫でた。
「いやぁー、思ったよりもスムーズに片付きそうで良かったで――」
晴天の青い空。黒服の向こうに赤い飛沫が舞う。
光を反射しない、寿途の黒い眼が大きく見開かれた。
屋上の入り口は警戒していたが、空に意識が向いていなかった。
スプリンクラーが設置されているのは屋内や植物への水やり用のもののみ。
当然、外で空中を飛んでいた合成生物は透明なままだ。
臣弥が持っていた加湿器は出力がMAXだったため、中は空っぽで動作していない。
臣弥は、その場に俯せで倒れた。
背中は衣類が大きく割け、未だ流れる血液がコンクリートの上に広がっていく。




