第四十八話『出発』―4
博多に到着し、《P・Co》が待機させていたマイクロバスで移動する。
横の繋がりって大事だな、と思いつつ、拓人は少し離れた場所に居る祝を見た。移動で歩く時以外、飛行機からずっと寝ている。昨夜は義手のこともあり、ろくに眠れていないのだろう。
金属同士の腕だからか、いつもならば組まれていた腕は、今はちょこんと膝の上に載っている。
(重さもあるんだろうけど……)
ちょっと可愛いな。
本人に聞かれようものなら頭蓋骨陥没待ったなしの鉄拳が飛んできそうな事を考える。
その間に、瀬奈の相手は泰騎から凌へ変わっていた。
(あいつ、顔が良けりゃそれで良いのか……)
そんな瀬奈は、潤の事をチラチラ睨んでいる。まだ彼の事を女だと思っているようだ。
(面白そうだから放っとこ)
拓人が思ったところで、ついに瀬奈が言った。
「潤さんでしたっけぇ~? 毎日イケメンに囲まれて仕事してるとか、チョー羨ましいんですけどぉ~!」
名前もろくに知らぬ女子高生に絡まれ、潤は無言で首を傾げた。
因みに、潤の腰には翔がくっついている状態だ。
「翔さんも翔さんですよぉ! 許嫁さんにチクっちゃいますから!」
カラフルな爪でビシッと差された翔は、ムスっと言い返す。
「うるさいな。光には『女じゃなければいい』って言われてるから平気だよ」
今度は瀬奈が目を点にして固まる番だった。
(いやー、翔はもうちょい潤さんから離れた方が良い気がするけどなー)
灰色の瞳からとんでもない殺気を向けられても、翔はケロっとしている。というか、挑発して楽しんでいるようにも見える。
凌は、殺気立つ上司を遠目に見ながら頭を抱えている。
拓人は、まぁ放っとくか、と流れる景色に目を向けた。
マイクロバスが停まったのは、山の麓だった。
各々、持ち物を背負ったり腰に下げたりして山道を歩く。なだらかな坂だが、それなりに距離があった。
「遅刻しそうな時にこの坂道は地獄だろうなー」
澄人のボヤキに、拓人も頷く。
ふと前を見ると、国内線の旅客機を使って先に来ていた雪乃が立っていた。大きなリュックを背負っている。
「皆さん、お疲れ様です」
微笑む雪乃は、いつものロングスカートではなくパンツスタイルだ。ウエストが締まっているハイウエストのもので、無地のTシャツを中へ入れている。薄めのアウターを羽織ってはいるのだが、背負っている大容量バックパックのショルダーハーネスに押されて、いつもゆったりした服に隠れている胸元が強調されていた。チェストストラップは――おそらく届かないのだろう。結合されていない。
雪乃を見た後、朱莉が自分の胸を見下ろした事に気付いた瀬奈は、こいつもそーいう事気にするんだぁ~、と内心ほくそ笑んだ。
「あれ……翔さんは刀を二本も背負っているんですか?」
雪乃に指摘され、翔が「ちがうよ」と、どことなく嬉しそうに言う。
翔の背中には、野球のバットケースのような筒状のものが二本ある。
「そうだ。雪乃にちょっとお願いがあるんだけど」
翔は疑問符を浮かべている雪乃に耳打ちすると、跳ねるように登山を再開した。
「雪乃さん、荷物重くないですか?」
腰にポシェットとホルスターを引っ掛けているだけの拓人が言う。
「だっだっ大丈夫です! 水物はそんなにありませんし、包帯や傷パットばかりなので……!」
「じゃあ割れ物とかは入ってねー感じ?」
「はい。ガラス製のものはなにも……」
答えるや否や、拓人は雪乃の後ろへ回り込んでリュックに手を掛けた。
フロントベルトのないリュックは、ズルッと雪乃の肩から抜け――そのまま拓人の背中におさまった。
「何かあったら放り投げるから、そん時はよろしく」
軽快な足取りで先を行く後ろ姿を見つめる雪乃の心拍数が爆上がりしている事に気付いたのは、最後尾を歩いている潤だけだった。
「よーぉ。イケメン君は女子に優しいナァー」
祝が茶化してきた。
「祝の腕も重そうだから持ってやろーか」
「そらおーきに。って、誰が渡すかーい!」
わざとらしくノリツッコミを入れる祝の手をちょいと避ける。
「あっぶね。当たったら上半身吹っ飛ぶじゃねーか」
「加減しとるわ。ド阿呆!」
そんなやり取りを見て、凌がぽつりと……、
「何かオレ、他の同業者って知らないから……こういうの新鮮です」
「学校の遠足ってこんな感じなんかなぁ? 知らんけど!」
学校へ行ったことのない泰騎が言うので凌は、社会見学とかも似てるかもですね、と答えた。
「ええなぁ。今度お菓子工場の見学とか行こうで!」
そのノリのまま電話をかけ始める泰騎。
「え……《P・Co》さんって、いつもこんな感じなのか?」
振り返った拓人が顔をひくつかせている。
「《P・Co》がっていうか、《P×P》がこんな感じだな」
凌は慣れているので、何とも思っていないようだ。
今度は潤にくっついている瀬奈が、あーしも《P×P》に入りたぁーい、と猫撫で声を出している。
「なぁ拓、お前の後輩ヤバない?」
「言うなよ。見ねーようにしてんだから」
「ええやん。いっそ《P×P》に放り込んだれや」
「無茶言うな。瀬奈はアレで優秀なんだぜ?」
数週間前まで《A級》と同等の技術しか持っていなかったが、拓人の指導で見違えるほど動きが良くなったのが、瀬奈だ。
公私の切り替えはイマイチだが、頼りになる存在である。
「聞こえてますよぉ、祝さん。今回あーしの方が合成生物いっぱい倒せたら、その悪役みたいな腕ラインストーンでデコらせてもらいますからぁー!」
「誰がデコらすか! っちゅーかお前なんぞに負けるかい!」
《自化会》も元気ええなぁー、と笑う泰騎に拓人は苦笑するしかない。
敵地を目前にしてこの騒がしさ……。これも一種の才能なのかもしれない。――と、ここで殺気を隠しもせず、茂みから大きな影が複数飛び出してきた。




