第四十八話『出発』―3
◇◆◇◆
「え、飛行機の操縦って潤がするの?」
空港に到着した《自化会》と合流し、《P・Co》が所有する自家用ジェットに乗り込みながら、翔は目をぱちくりさせた。
「安心しろ。免許は持ってる」
色々すっ飛ばした潤の答えには翔も、そうなの、としか返さなかった。
先輩たちは十七歳の時に渡米して免許を取ってるんだ、という凌の説明を聞いて、拓人も「そうなのか」と頷く。
「やっば~い! 超イケメンが居るんですけどぉ~! っていうか、イケメンしか居ないんですけどぉ~!」
ぴょんぴょん飛び跳ねてハートを乱舞させているのは、『《P×P》の連中コロス』と言っていた瀬奈だ。彼女の目には潤が女に見えているため、彼は“イケメン”に含まれていない。
そして、澄人も潤を女だと思っているため、視線が分かりやすくそちらへ向いている。
拓人は、凌の事は見たことあるだろ、と思ったが、瀬奈はまだ凌の事をこんな至近距離で見たことはなかったようだ。
旅客機と違い詰めて座る必要はないのだが、瀬奈は真っ先に泰騎の隣を確保した。
(あぁ、そっちな……)
拓人は瀬奈の元カレ――大江大輔――が髪をグレーに染めていたことを思い出す。
泰騎との距離を詰めながら自己紹介をしている瀬奈。彼女の事はとりあえず泰騎に任せ、拓人が適当な場所に腰を下ろすと、隣に澄人が座ってきた。踵を返して操縦席へ向かう潤に熱視線を送りながら。
「拓人さん、あの美人なお姉さんも《P・Co》の人ですか?」
「お姉さんじゃなくて、お兄さんな。《P×P》の副所ちょ……」
自分の声がもはや澄人の耳には届いていないものと悟り、拓人は言葉を止めた。澄人は石化したまま動かない。
(そんなにショックか?)
首を捻る拓人の横を、翔が通り過ぎた。
「ねー。俺、潤の隣に行く。操縦席見たい」
「バッカ! お前なんかが居たら先輩の気が散るだろ!」
翔の服の襟を凌がガッと掴むと、翔が汚い声でグエッと鳴いた。
そのまま、とんでもない速さで翔は座席に括り付けられた。凌に不満や文句を叫んでいるが、清々しいくらいにスルーされている。
翔ならば自分を縛っているロープも焼き切ることができるだろうが――飛行機の中でそれをするのが好ましくないことだという分別はできているようだ。
(凌も翔の扱いに慣れてきたなー)
拓人は、ちょっと可哀想な気もするけどな、と思いながら、ムスッとしている翔を見て小さく吹き出した。
頬を膨らませてむくれていた翔が、通路を挟んだ隣に座っている朱莉に気付く。
「今日はツルツルの人形じゃないんだね」
訓練の日以後ろくに顔を合わせていなかったので、翔は朱莉が布や毛糸で出来た人形を扱っている事を知らない。
「はい」
「そういえば朱莉って拓人の従妹なの?」
「はい」
「今日も学校のジャージなんだね」
「はい」
朱莉が退屈そうに窓の外へ視線を動かそうとすると、翔も退屈そうに足をプラプラさせながら言った。
「ねぇ。ミドリが出たがってるよ」
その言葉に、朱莉がハッとする。瞼が下がり掛けていた目を開いて、翔へ視線を戻す。
「『威』は死んでも『ミドリ』は生きてるから、ちゃんと見てあげて。もし波長が合わないようなら、自然に返してあげなよ」
朱莉はジャージのズボンのポケットに入れていたミドリを取り出した。
小さなセダムが、外気を大きく吸い込むように肉厚な葉を広げる。
その様子を見て、翔が小さくクスリとほくそ笑む。
「植物はどこにでも居るけど、ひねくれ者が多いんだ。ミドリはいいコだよ。朱莉を喰い殺してないのがその証拠」
それが六合だったら朱莉は今頃溶かされてるね、と翔は笑った。
「……翔さん、ミドリって、結局何なんですか?」
朱莉が素直に質問をしてきたので翔は、そーだなー、とミドリを見る。
「六合の子どもみたいなものだよ。意思を持ってる植物はごまんと居るけど……この子はきっと、六合が昔撒いた種子から生まれたんじゃないかな」
「こども……」
朱莉が興味深そうにミドリを観察している。託されたはいいが、扱いに困っていたようだ。
「多分、ミドリは朱莉の事守ってくれるから。仲良くした方が良いよ」
朱莉が不思議がるのも仕方がない。彼女が使役するのは、あくまで“疑似式神”であり、それそのものが意思を持っているわけではないのだ。
元々、陰陽師が国のトップと並んでいた頃に“式神”と呼ばれていた、依り代を術者が操るタイプのもの。それが現在では“疑似”と呼ばれるようになったのだから皮肉なものだ。
朱莉の視線が、ミドリから翔へ移る。
「翔さん、雰囲気変わりました?」
翔は笑みを含んで、そうかもね、とだけ返した。




