第七話『東からいずる太陽と鳥頭』―1
晴天。
土曜日。学校が休みなので、翔は自化会の本部内の廊下をフラフラ歩いていた。
ふと外を見ると、遠くで黒い煙が上がっている。
丁度、家々の隙間から事故現場が見えるが、車が一台、民家の壁を突き破っていた。
運転手らしき人物は車外に出て、電話をかけている。
翔は窓の桟に片肘をかけ、外を眺めた。
翔は今まで、この建物にはあまり近付いた事がない。
《自化会》に入って日が浅いというのも、理由のひとつだが――《自化会》の会員には孤児や身寄りのない者が多い。
そういった者にとっての“家”なのだ。家も家族もある翔には、少々居心地が悪い。
会員各々に部屋が用意されているのだが、翔には部屋がない。
言えば用意されるが、使う予定もないので断っている。
なので、廊下か、たまに利用する図書館くらいしか居場所がない。
外では翔の親友である寒太が、他の百舌鳥と戯れている。
その様子を眺めていた翔の元へ、ひとりの少年が近付いて来た。
「翔さん、何を見てるんですか?」
テレキネシス――念道力――使いの後藤東陽だ。
人懐こい笑みで、翔の隣に立った。
「あぁ、鳥ですか。あれは何ていう鳥なんです?」
「百舌。あれが俺のマネージャーの寒太だよ。頭の毛が一本立ってる」
指を差す。が、動き回るので、東陽にはどの鳥が寒太なのかわからない。
翔は、困惑している東陽の意識をこちらへ向ける為に適当に話しを振った。
「東陽って名前、かっこ良いよね」
翔が言うと、東陽は表情を一層明るくした。
「有り難うございます! 『東から昇る太陽』っていう意味なんです。夜を終わらせて、また一日が始まるっていう……あ、そういえば翔さんのお嫁さんも『東光』って、苗字と名前を合わせたら朝日ですね!」
「……まだ結婚してないんだけど……。でも、そうだね。今まで考えたことなかったな……」
光に関して知っていることも、知ろうと思ったこともあまりなかった事に、今更ながら気が付いた。
翔が光に関して知っていることといえば、名前と性別と生年月日と、家族構成くらいのものだ。身長は――詳しい数値は知らないが、並んだ時の感じから、自分よりも少し背が高いことは気にしたことがある。
スリーサイズなどにも、特に興味はなかった。
何故か自分が一方的に好かれていて、死んだ自分の父親の魂を喚び戻して肉体を与えている。
それは事実だが、理由を知らない。
(あ……俺ってほんとに光さんの事よく知らないや……)
窓縁に両肘を乗せる。両手のひらに、顎を据えた。
(そういえば、東陽ってなんとなく光さんに似てるような……何でだろ)
仲間と飛び回る寒太をぼんやりと眺めながら、翔は小さく嘆息した。
「でも翔さんも名前、格好いいですよね!」
考え込んでいたところに元の話題を持ち出され、翔は東陽の方へ顔を向け直した。
「え……そうかな? まぁ、嫌いじゃないけど」
「僕は好きです! 飛翔の“翔”って書いて『かける』って読むの珍しいですし! 由来って、聞いても良いですか?」
屈託ない笑を向けられ、翔は中学生の頃に宿題で聞いた“名前の由来”を懸命に思い出してみた。
「……俺、両親が鳥の名前だから。あ、漢字は違うんだけど。俺自身、鳥人間みたいなものだし……確か『いつかは親の手を離れて、大空へ翔べるように』とか――だった気がする。なんか俺、生まれる前から凄く手の掛かる赤ん坊だったらしいんだよね」
「へぇー良いですね。僕は両親が居ないんで、何か羨ましいです」
目を細める東陽に、ここには孤児が多いことを思い出した。
両親が居ないのなら、今の名前は孤児院の管理者か誰かが付けたのだろうか――翔は頭の片隅で思ったが、すぐに忘れた。
「……なんか、ごめん……」
申し訳ない気持ちで謝ると、東陽はぶんぶんと首を横に振った。
「いえ、そんな意味で言ったんじゃなくて! ただホントに、何か、ほっこりしたって言うか!」
「俺、人の気持ち読み取るの苦手だから」
東陽は翔の手を掴んだ。
一瞬、東陽の視線が、掴んだ翔の手へ向けられたのだが翔は気付いていない。
突然のことで翔が呆気にとられていると、東陽は歯を見せて笑った。
「翔さんって、噂じゃすっごくおっかない人だって聞いてたけど、全然そんな事ないですね!」
「……おっかない……?」
翔が首を傾げると、東陽は握った手をリズミカルに振り始めた。
「滅多に喋らないとか、喋っても言ってることがよく分からないとか、怒ると周りを巻き込んで大爆発を起こすとか、毒虫を食べるとか、主食は人間の臓物だとか!」
「…………」
翔は、自分に向けられる純粋な瞳から目を逸らした。
人間の臓物云々以外には心当たりがあるからだ。
少し嫌な汗を感じながら、翔は東陽に向き直った。
「う、ん……とりあえず、人間の臓物は食べないよ。基本的には、スーパーで売られてる材料のものを食べてるよ……」
振り絞って出した声は微かに震えていたが、東陽は気にしていないようだった。
握ったままの手を振り上げ、東陽は翔を引っ張る。
「翔さんは本部に部屋が無いでしょう? あまり来ることもないみたいですし、僕が案内しますよ!」
元気にそう言うと、東陽は「まずは皆がよく利用する、食堂あたりに行ってみましょうか」と、翔を振り返った。




