第四十八話『出発』―1
「尚ちゃん、まんま猫なんかな? それとも、、猫耳が生えた獣人風なんかな? 凌ちゃんどっちじゃと思う?」
「生きてるならどっちでも良いですけど……問題は、元に戻るのかって事ですね」
先行きを思うと溜め息も出てしまう。
泰騎、潤、凌の三人は一旦本社へ戻り、現在は空港へ向かっていた。
社長である雅弥と秘書の謙冴も空港へ向かうと言うので、謙冴の運転する車に乗せて貰っている状態だ。
「どっちにしても大変だよね」
雅弥はそれ以上言わない。
「社長ー。尚ちゃんが人間に戻れんでも除名は駄目で。景ちゃんが分裂できる薬とか作ってくれるまで待とうな」
「泰騎。景はひみつ道具職人じゃないぞ」
景の義父が嘆息する。
「でも景さん、山相学園で合成生物に襲われてから各方面に一層意欲的に取り組むようになったって小耳に挟みましたけど……」
恵未から、景君が危機一髪だったから助けたわ! と聞かされた時の事を思い出す。
「ワシは景ちゃんなら不可能はねぇって思っとるからな!」
泰騎が笑い飛ばすので、謙冴はまたしても嘆息した。
「ま、期待されるのは良い事だよね」
「限度がある」
苦笑の社長と、やれやれな秘書。
彼らの乗った車は、無事空港へ到着した。
雅弥が、皆で外食なんていつぶりかなぁ、とルンルンしているので、開店と同時に洋食チェーン店へ入る。そして、好きなものを食べてね! と言うので、それぞれ食べたいものを頼んだ。
セルフ提供になっている水と、食べ放題のパンを取りに行く。
潤と謙冴は座ったまま冷水を飲んでいた。
凌が、よもぎパンとクロワッサンの乗っている皿と雅弥の顔を交互に見る。
「そういえば、社長がパンを食べてるトコって貴重ですね」
雅弥は丸いよもぎパンを半分に割りながら笑う。
「僕ってお米派だからね。でもパンもたまに食べると美味しいよね」
「そーいやぁ師匠の息子の拓人。米粒のキャラが描かれたTシャツ着とったで」
泰騎の言う、米粒のキャラクターと“OKOME”と書かれたTシャツ。パン至上主義である臣弥への嫌がらせで、拓人が主に《自化会》本部で着ている服だ。
それを聞いて雅弥が身を乗り出した。
「拓人君、ずっと狙ってたんだけどやっぱり気が合いそうだなぁ! 今度スカウトに行こっか!」
テンションを上げる雅弥とは対極に、泰騎がテンションを下げる。
「あー……。ワシが誘ったら見事に振られたんよなぁー……」
それを聞いた雅弥と凌が、揃って絶望顔を並べている。
「やりてー事あるらしいし、そっとしとこうや。そういや凌はえらい拓人に懐いとるよな。珍しい」
指摘され、凌の口からパンの欠片が零れ落ちた。顔を真っ赤にして狼狽える様子を見て、潤が吹き出したことにより、凌は耳や首まで真っ赤になった。
泰騎がコーラを飲み込んで小首を傾げる。
「凌ちゃん、拓人の事“LOVE”の方の“好き”なん?」
「ちッッ、違います! これはホント、そういう意味のそういう感情じゃないです!」
早口で否定する凌に、泰騎は更に首を傾けた。
「ええがん、別に。本気ならワシも応援するし。何なら、拓人の実家も知っとるし」
「いや、だから、違うんです。オレ……一人っ子だったんで……その……えっと……」
ピーンと察した泰騎が、今度は泣き真似を始めた。
「ヒドイ、凌ちゃん……ワシもええお兄ちゃんポジじゃろ?」
あうう、と言葉を詰まらせている凌と、泣き真似を続ける泰騎を交互に眺めていた潤が泰騎のジャケットの裾を引っ張った。
「今のお前は、あくまで上司だ」
泰騎の涙が一瞬で引っ込む。
「分かっとるよー。でもまぁ、外に友達作るんはええことじゃで」
泰騎がうんうん頷くので、凌の表情も明るくなる。
「お待たせしました。チーズハンバーグセットとスペシャルセットのお客様」
手を上げた凌の前に、料理が置かれた。鉄板の上ではあぶらがパチパチ跳ねている。
同時に手を上げた泰騎の前にも鉄板が置かれた。
「届いた人から食べてねー」
こう言わなければ凌は全員の料理が届くまで待つので、雅弥が号令をかけた。
お先に失礼します。いただきます。とナイフとフォークを手にする凌を、雅弥がにこにこ笑いながら眺めているので、泰騎は特大エビフライをナイフで切りながら眉を顰めた。
それに気付いた雅弥が、変わらぬ笑顔を泰騎へ向ける。
「いやぁ。今日の凌、何だか活き活きしてるなぁーと思ってね」
何やら嬉しそうにされているので悪い気はしないが、凌本人には自覚が無い。
「そうですか? いつも通りですけど」
「恵未とケンカしてる時くらいいい顔してるよ」
それはいい顔なのか? とその場に居る三人が思った。残り二人は笑っている。
そこでオムライスが届き、全員の料理が揃った。
「ところで潤、翔君の家庭教師はどうだった?」
雅弥に訊かれ、ステーキをサイコロ状に切っていた潤が顔を上げた。それと同時に、雅弥がオムライスを口へ運ぶ。
「自分の思う力加減さえ出来るようになれば、あとは本人次第なので。その点で言えば、目標には達しているはずです」
潤の断言にも近い口振りに、泰騎がポロッと、
「あのポンコツ具合を、ようこの短期間に矯正出来たな」
と言った事で、潤の鋭い眼光が泰騎の方へ飛んだ。
「あ、潤ってば泰騎が監視してた事、まだ根に持ってる?」
雅弥が困り顔でバターライスを口へ入れる。
そういうわけじゃ……、とボソボソ言う潤。同じように謙冴が、泰騎は過保護だからな、と呟いた。
「俺はそもそも、泰騎に“保護”される立場じゃ……」
「ほら、えっと、やっぱり自分の相方って心配なものですし! オレだって、尚巳の事心配ですから!」
腑に落ちない様子の潤はさておき、凌は空になっている潤のグラスを持って勢いよく立ち上がり、
「水、貰ってきます!」
とセルフ冷水機の方へ向かった。
「凌は気が利くねー」
雅弥は依然にこにこしている。
「本当に夜王目指せるんじゃないかな? ねぇ、泰騎?」
「凌ちゃんには社長の後継いで貰わんと駄目から、ホストになんかせんで」
「冗談だよ。大切な僕の後釜だから抱え込んどかないとねー」
ねー謙冴! と隣でヒレステーキを食べている秘書に言えば、その秘書はいつも通りの渋い顔で頷いた。
「盛り上がってますけど、何の話ですか?」
水を持って帰って来た凌が疑問符を浮かべている。
「凌はいつ僕の養子になってくれるのかなーって話だよ」
雅弥が言うと、凌は潤の前にグラスを置きながらきっぱりと言った。
「お断りしたはずです。オレ、苗字が変わるの嫌ですから」
「知ってるよ。でも、僕も諦めないもんね!」
「社長。ええ年こいて『もんね☆』はヤバイで」
泰騎は半眼で指摘したが雅弥はノーダメージだ。ツッコまれて喜んでいるようにさえ見える。
凌の養子問題はうやむやになったままだが、謙冴が腕時計を一瞥して雅弥に視線を送った。
「ごめん。用事があるから先に行くね。お金ここに置いていくから、よかったらデザートも食べて行ってね」
それじゃ、と雅弥と謙冴は席を立って去って行った。




