第四十七話『会議2』―5
「ねぇ、拓人」
翔が話しかけると拓人は椅子を回して、起きたのか、と立ち上がった。
「どっかおかしいとこ無いか?」
拓人が翔の髪を掻き分けながら頭の状態を見る。特に問題はなさそうだ。出血は止まり、傷は塞がっている。
「うん。大丈夫。ありがと。でね、拓人に訊きたいことがあるんだ」
なんだよ、と返されたので、翔は上体を起こして壁にもたれ掛かった。頭の中にある疑問をどう言い表すか逡巡し、言葉を紡ぐ。
「ここじゃない別の世界とか空間から人をよべるとしたら、逆にこっちから向こうへ行く事も出来るって事なのかな?」
翔の言いたい事が理解出来ず、拓人が「は?」と間抜けな声を出した。翔の言いたいことはよく分からないが、少し考える。
「並行世界とか多元宇宙って事か?」
「うーん……例えば、死後の世界とかさ……」
拓人は、知るかそんな事、のひと言で済ませる事も出来るが――もう少しだけ真剣に考えてみた。
拓人自身は、妖精も精霊も妖怪も神も……自分たちが住んでいるこの世界に居るのは一部だけで、ここではない“何処か”にはもっと居るのだろうと思っている。
拓人の天空も、普段消えて居ないのに呼んだら出てくるのだ。では、消えている時は何処に居るのか?
それはきっと、ここではない“何処か”だろう。拓人はそう考えている。
“何処か”で寝ているのか、暮らしているのか……可能性が高いのは前者だ。
例えばの話、と切り出す。
「瞬間移動をするためには一度体を粒子化して再構築すればいい……ってのが一説にあってな。あの世から来るのは魂だけの状態だから可能だな。体っていう実体がねぇわけだから。でも、今の科学技術じゃ生きた人間が空間を移動するってのは、オレが知る限りじゃ不可能かな……とは、思う」
そう言ったものの、それはあくまで科学の話。実際に空間を移動する存在も知っているので、一概に言える事ではない。
深叉冴や、輝の疾風丸がその例だ。
ただ、それらが空間を行き来する“原理”の説明をしろと言われると、それは拓人も専門外なので分からない。
そもそも、自分が扱っている結界符ですら“どうしてその中に居る存在を外界から遮断する事が出来るのか”という原理を述べろ、と言われても“そういう力を持っているから”としか答えられない。
つまり、“そういう力を持っている”人が別の世界とこちらの世界を繋ぐ可能性というのはあり得る。そういう事だ。
「光さんたちみたいに、別の世界から直接“喚べる”人なら出来るのかもな」
翔も考えた。が、足りない知識では答えは出なかった。
「そっか。ありがと。俺、ちょっと出掛けてくるね。十二時までには帰ってくるから」
立ち上がり、靴を履く。軽く伸びとストレッチをする翔に拓人が、どこに行くんだ? と首を傾げた。
翔が、窓のサッシに足をかけて、振り返る。
「ちょっと、薔薇を買いに」
そう言い残すと、翔は窓から飛び出した。
「……そーいやあいつ、半分寒太だっけか……」
失念していた事が意識に浮上する。
当たり前のように窓から出ていった翔に、拓人が呟く。そして、開け放されたままの窓から下を覗く。
脚を折ったらしい翔が、地面に這いつくばっているのが見えた。
「いや、そこは羽出して飛べよ」
誰も聞いていない事は百も承知だが、拓人は突っ込まずにはいられなかった。