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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第五章『秘密』
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第四十七話『会議2』―4

 

◇◆◇◆





「Bitte! Bitte loss meine Hand los!」


 それは幼くも力強い、秋虫のような幼女の声だった。


 空には無数の星が輝いているが、月の姿はない。英国風の庭園に、大きな影がみっつ。咲き誇っている赤い薔薇と同じ高さの影がひとつ。大きな影は、その小さな影を囲っていた。

 薔薇の為に煌々(こうこう)としているライトが、声の主たちの姿も浮かび上がらせている。

 小さな影の周は、金色に輝いている。それは長い髪の毛だった。


「ちょーっとついて来てくれるだけで良いからさ。そんで、頼んだ奴を消してさえくれりゃお家に帰してやんよ」


 縦にも横にも大きな影が言った。低い、大人の男の声だ。


「どうせ日本語分からねーんだ。無理矢理連れてって、仕事終わらせたらテキトーに売っ(ぱら)おうぜ」


 少し細い影が、焦りを感じさせる声で大きな男に向かって言っている。

 もうひとつの影は苛ついた声で、どうでもいいけど早くしろよ、と()かした。

 小さな影を掴んでいる大男は、ジャックナイフを広げた。幼女の体が固まる。


「おとなしくついてくりゃ、手荒な真似は――」

「キャァアアアッ!!」


 それは、黒板を爪で引っ掻いたような声でもあり、濡れた指でグラスの縁を撫でたような声でもあった。

 幼女の叫び声に耳を塞ぎ、目を瞑っていた細身の男が目を開けた時――


 ――ボトッ。


 大男の肘から先だけが地面に落ちた。

 もう片方の腕はない。

 それどころか、大男の姿がない。

 彼が立っていた場所も少し抉れている。


 あまりの光景に、残された男ふたりは言葉を失くした。細身の方は腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでいる。


 幼女は浅い息を繰り返し、泣きながら、瞬きもせず「Estutmirleid.Entschuldigung.Entschuldigung.Entschuldigung……」と謝っている。


 気が動転したのか、仲間を消された怒りからか、立っていた男が少女に殴りかかろうと腕を振り上げた。

 幼女は咄嗟に目を閉じ、体に力を入れて身構える。


 しかし、その(こぶし)は少女に届く事はなかった。幼女が目を開けた時、男は真っ赤な炎に包まれていた。

 少女も残された男も、灰となった男が風に流される様子を呆然と眺めていたが、男は突然、地面を這うように両手両足をバタバタ動かし始めた。

 少女から遠ざかろうともがいているのだろう。


「おじさんもバイバイ」


 男か女かも分からない、幼い声がして――残っていた男も炎に焼かれた。

 脱力し、幼女はその場にペタンと膝をつく。


「だいじょうぶ?」


 幼女のピンチに現れたヒーローの姿を、ライトがぼんやりと浮かび上がらせる。

 幼女と同じくらい……いや、少し小さい背丈だ。顔は丸く、特に頬はまんじゅうのように柔らかそうだ。頭全体の毛がぴょんぴょん跳ねている中で、てっぺんにある毛束だけが重力に逆らってのびていた。

 その顔には、血に似た赤い色の目がふたつ灯りに反射している。


「あ……あれ……あなたがやったの?」


 マシュマロを思わせる、むにっと柔らかい手が幼女の右手を引き上げた。

挿絵(By みてみん)


「うん。おれ、つよいから」


 返事があって、幼女は目を皿のようにしている。


「あなた、ドイツ語がわかるの?」

「ドイツ語? しらない。聞こえることばにへんじをしてるだけ。それより君は、まじょなの? 男の人、きえたよね?」

「まじょ? ち、ちがうの、アタシは……」

「まじょってカッコいいよね。おれ、すきだよ」


 屈託なく笑った顔は、年相応の男児のものだった。


「でも、おれのかち。おれはふたり、けしたもん」

「だ、だめよ。さんにんもいなくなっちゃった……」


 幼女が再び泣き出す。

 男児は地面に転がっていた大男の腕を拾うと言った。


「女の子をなかせるのはわるいやつだって、テレビでハイパーマンが言ってた。わるいやつは、いないほうがいいよ」


 男児は、残っていた腕も瞬く間に燃やしてしまう。今度は灰も残らなかった。


「かけるー? どこだー! 出てこーい!」


 遠くで声がして、男児が振り返る。


「とうさんがよんでる。いかなきゃ」


 声のする方へ踵を返した柔らかな手を、幼女が掴んで止めた。


「あ、あの、アタシが男の人をけしたこと、だれにも言わないで……」


 はらはらと溢れる涙を指で(すく)うと、男児はそれをひと舐めして「まじょのなみだもしょっぱいんだ」と呟いてから笑った。


「うん、やくそく。おれたちだけのひみつ。じゃあね、かわいいまじょさん。バイバイ」


 男児は軽い足取りで走り去り、すぐに薔薇の大群に隠れて見えなくなった。


 ひとり残された幼女は、自分の右手を左手で包み込んでポツリと。


「……かける……」




 深叉冴が参加した“まだ幼い少女が行う降霊術”セミナー終了後の出来事。


 半年後、翔の魂はふたつに分けられ――彼の口からこの夜のことが語られることはなかった。


 


 

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