第四十七話『会議2』―3
ざわざわとまばらに散っていく会員たちを眺めていた拓人が窓の外へ目をやると、小鳥が数羽弧を描くように飛び交っていた。
「おい翔。お前、何かしたのか?」
窓を指差すと翔が、そういえば、と窓際へ駆け寄る。窓を開けると、何羽か入ってきて翔の体にとまった。地味な色の鳥が多い。鳥たちはピーチクパーチク、一生懸命に何か話している。
一羽ずつに相槌を打ち、全ての鳥と話し終えた翔は鳥に礼を言うと外へ出るように促した。
「皆気を付けてね」
笑って手を振ると、鳥たちはくるりくるりとその場で飛び回って去って行った。
翔は最後の一羽が見えなくなるまで手を振っていたが、パタパタと拓人の所へ戻って来た。
「何か異変があったら教えてって頼んでたんだ。何か来るって。でも何かは分からないって。今、大阪の辺りって事は分かってるよ」
酷く曖昧な物言いに、拓人が眉を顰める。
「虫じゃねーのか?」
「だから、分かんないんだって。大きい何かがたくさん飛んでるって言ってた。すごく速いって」
結局“何か”は分からない。話しているふたりの間に、深叉冴がドロンと現れた。
「鳥たちが伝言ゲームのような事をしておるから不思議に思って来てみれば……やはり翔であったか」
深叉冴も空を警戒していたらしい。
「鳥は俺に嘘をつかない。だから好きだよ。丁度いいや。父さん、ちょっと大阪辺りに何か居るらしいから見て来てよ」
息子に頼み事をされたのが余程嬉しかったのか、深叉冴はその場で宙返りをしてポーズを決めてから「よかろう!」と跳ねる様な声を残して、また消えた。
ほんとちょろいよね、という翔の言葉が彼の耳に入らなかったのは幸いだ。
数分後、深叉冴が再び姿を現した。翔が、どうだった? と訊く。
深叉冴は顎に手を添えて、宙に浮いたまま唸った。
「儂が見たところ、学校に現れたという虫キメラに相違ないと思うぞ。何匹か卵らしきものを持っておった。しかし、何故鳥たちは『分からない』と言ったのか……」
「言い表せられなかったんじゃないですか?」
鳥の思考や語彙など全く知らない拓人が言うと、鳥の思考や言葉が分かる翔も唸った。
「だとしても、『前に来た奴らと同じ』とか言えると思うんだけど……。まぁいいや。そいつら、あとどのくらいでここまで来そう?」
翔が問うと、深叉冴はいつものポーズで応える。
「あと二~三時間くらいだと思うな!」
「ねぇ。一々ピースしてポーズ決めるのやめてくれない? 鬱陶しいから」
がああぁぁぁぁん! そんな形の大岩が脳天直撃という昭和丸出しのショック表現をして、深叉冴が崩れ落ちる。
床に膝をつき泣いている父親は無視し、翔は腕を組んだ。ついでに父親を踏みつける。深叉冴が、ぷぎゃっ! と鳴き、消えた。
「拓人、俺も行って見て来ようか?」
「いや、いい。本部は千晶たちに任せて、オレらは予定通り出発の準備に向けて動く。あっちが動きを見せたっつー事は、先手を取りたい気持ちが少なからずあるんだろうしな」
拓人はスマホの画面を眺めながら言う。そんな大群が飛んでいるならSNSに動画が投稿されているのではないかと思っての事だが、まだ見当たらない。翔も画面を覗き込んだ。
「皆がこっちに来てるって可能性は?」
「少ないな。何せ向こうさんは金欠らしいじゃねーか。全員の移動費があるとは思えねぇ」
「全員飛んで来るかも」
「その筋も少ねーな。そもそも、空を飛べる虫はそんなに居ねーだろ」
そして、飛べる合成生物が仲間を運んで来る可能性も低い。卵を運ぶのがやっとだという翅の力や持久力では、人間を運ぶのは難しい。可能だとしても、生身の人間を連れて空を移動するとなると酸欠や凍傷で死ぬだろう。
「低い位置を飛んでたら、人に見られてこういうのに晒されるだろうしな」
キーワードを打ち込んで検索結果を更新するが、動画も画像も出てこない。表示されたかと思えば、出てくるのはこの前のカマキリ男や自作CGばかりだ。
翔は早々に飽きてしまい、隣に立っている祝に話し掛けた。
「ねぇ。祝も福岡に行くの?」
「何や、悪いんか?」
祝が翔に、くだを巻くように言った。
翔は首を横に振る。
「腕、着けたばっかなんでしょ? リハビリは?」
「んなもん、実戦がリハビリや」
「ふぅん。ところでソレ、ミサイルとか出るの?」
「出るかボケ!!」
極々小さな駆動音の後――祝の、グーにしたメタル製の拳が翔の脳天に直撃。
ゴギンッ! と、通常ならば即死していそうな、頭蓋骨が裂傷し、陥没する音が響いた。
翔の頭からは噴水のように血が飛び出している。
何の抵抗もなく、翔が床に倒れた。割れた骨が脳に刺さったのかもしれない。
いつもなら頭が割れようと平然としている翔が、目を閉じて眠っている。
拓人は一番に翔の要――頭のてっぺんから出ている触角を見た。ひしゃげてはいるが、切れてはいない。それに対して安堵する。
『ねぇ、ちょっと! 天ちゃん大丈夫なの!?』
珍しく狼狽えている千晶が、文字通り飛んで来た。
「あー、多分大丈夫。ちょっと寝かせとけば回復すると思う」
「……えらい冷静やな。おれはやっぱ、リハビリせなあかんかなって思とるんやけど……」
祝は自分の手のひらをグーパー動かしながら、珍しく後悔しているようだ。翔でなかったら、相手は確実に即死な力加減だったのだ。思い改めるのも無理はない。
「翔が死んだとこ見た事ねーし、大丈夫だろ。それより、祝は力加減出来るようになっとけ」
「うぃー。ちょいと地下行くわぁー」
祝は右手を上げて、会議室から出て行った。
拓人はどうしたものかと頭を掻く。
「この大事な時に……っと。寿途、悪ぃけど翔をオレの部屋まで運ぶの手伝ってくれ」
寿途は頷き、木の皮の繭で翔を包むと……それを引き摺って運んだ。
寿途の電動車椅子では階段は上がれないが、彼の出す木の根が足の代わりになって階段を登って行く。木の繭がゴンゴンと階段の角に当たるが、寿途は気にせず三階を目指した。
拓人の部屋に到着すると、それじゃ、と言い残して去る。
帰りは階段に木の皮を広げて滑り台のようにし、その上を滑っていくのが見えた。壁に激突することもなく、更に下へと降りていく。
「相変わらず器用だな」
こいつと違って、と翔を繭から出してベッドへ転がし、拓人は寝息を立てている翔を見た。血は止まったようだが、まだ起きる気配がない。
「ま、そのうち起きるだろ」
翔の寝顔を見ていても時間の無駄なので、拓人は引き続きSNSをチェックしつつ、自分専用の弾丸を作り始めた。




