第四十七話『会議2』―2
するっと壁をすり抜けて登場した、真っ赤な頭の霊が拓人の横で脚を組む。拓人の肩の辺りで浮いたまま。
祝の後ろからは、車椅子に乗った寿途が現れた。長ズボンなので直接は見えないが、両脚とも存在している。
『福岡組の指揮は拓人、本部組の指揮はあたしがとるわ! 異論は認めないわよ!!』
幽霊とは思えない声量で言われ、不服そうだったメンバーも押し黙った。
「サンキュー、千晶。火葬の時には、千晶が寿途や翔と抱き合ってる写真を棺桶に入れてやんよ」
拓人が会議の時に撮っておいた写真をスマホで見せると、千晶は真っ赤な唇の口角を上げる。
「隠し撮りは良くないけど、写真は良く撮れてるじゃない」
千晶は寿途の隣まで飛ぶと、座っている会員全員に向かって言った。
『まぁ、あたしの寿君が居ればキメラだろうと虫だろうと敵じゃないわー! ねー、寿君!』
触れられないのでスカスカ透けてしまっているが、千晶に抱きしめモーションを掛けられている寿途が頷いた。
「本部はだいじょうぶ。おれ、がんばる」
相変わらず表情はないが、サムズアップに力強さを感じる。
「あと、福岡には《P×P》の三人同行者が居るから宜しくな」
同じ《S級》の仲間をふたりも屠った《P×P》の人間と行動を共にしろと言う。
明らかに嫌悪で歪んだ顔を確認したが、拓人は構わない。
「以上、本部組と福岡組に分かれて細かい事話すから、福岡組は前の方へ来てくれ」
後ろの壁際では、千晶が『本部組はこっちねー!』と声と手を上げている。
「ねぇ拓人。今にも人を百人くらい殺しそうな顔をしてる子が居るよ」
翔が大きな声のまま言った。
拓人には心当たりがあるので、あぁー……、と頭を掻きながらそっちを見やる。
確かに、今にも人を惨殺しそうな目付きの女がひとり――。
「瀬奈、大輔と付き合ってたんだよな……」
大輔――この前殺された、灰色の髪をした少年だ。
瀬奈が殺気を孕んだ目付きのまま答える。
「やっと大君の事、気持ちにケリつけようと思って今回目一杯暴れようと思ってたのにぃ~。何で大君を殺した《P×P》の奴と一緒に行動しなきゃなんないのぉ? っていうかぁ、密かにカッコイイなって思ってた浩司君まで居なくなるしぃ~。この負のループを断ち切るには、原因を作った人を断つしか無いと思うの~!」
何やらもう吹っ切れていそうな言い方だが、少女は殺る気満々である。
「言っとくけど、一緒に行くのはふたりを殺したのとは全くの別人だからな」
拓人の言葉に、瀬奈が「えぇ~!? うっそぉ!」と目を剥く。
「一応、協力関係にある組織の人間をふたりも殺しやがったんだ。そりゃあ、《P×P》の方で相応の罰が下ってんよ」
拓人は盛大に嘆息する。
対して、瀬奈は口を尖らせ、拗ねたように言う。
「えぇ~? じゃあ~一緒に行く《P×P》の人が気に入らなかったら殺しちゃってもいいですかぁ~?」
「頼むから、気に入らねーって理由だけで人を殺すな」
先行きに不安を感じつつ隣を見れば、翔が祝の腕を撫でたりコンコン叩いたりしている。
「そーいや、朱莉は怪我はもう良いのか?」
話を振られ、スマホを眺めていた朱莉が顔を上げた。
「ええ。それに、秀貴さんの息子を守らなければならないので」
「嫌な言い方すんな」
ダメだ、まともな会話にならない。と早々に諦め、もうひとりに目をやる。
澄人は指を咥えて涎を垂らしながら、祝の腕をガン見している。息も荒い。
「あー……お前も触らせてもらえよ……」
「良いんですか!?」
拓人の方を振り向いた表情は、おもちゃ屋へ行った時の少年のソレである。
「そりゃ、オレが着けさせたんだから文句は言わせねーよ」
澄人は、わぁい! と祝の元へ駆け寄り、彼の腕に頬ずりを始めた。
祝は心底嫌そうな顔をしているが、拓人は「オレが金を出したんだからな」とジェスチャーだけしてその場を離れた。後方へかたまっている会員たちの元へ向かうと、寿途の前で止まる。
拓人はジーパンの尻ポケットから、長財布を引き抜いた。その中から出てきたのは、皆に配る小遣い――ではなく、
「護身符。ひとり一枚ずつ配っとけ。時間なくて数が作れなかったから《A級》だけな。強い力には効果ねぇかもだけど、持ってねーよりはマシだろ」
人数分の護身符を、お前も皆とコミュニケーション取らねーとな、と寿途へ渡す。
「うっわ。さっき『自分の身は自分で守れ』とか言うとったクセして、ほんま拓は甘いわー」
横から茶々を入れる祝を睨んで、うっせーな、と悪態づきながら長財布をポケットへ戻す。
「ホントホント。悪ガキはちょっと痛い目見せてやるくらいじゃなきゃダメだよ」
翔まで煽ってくる。
「いやー。そもそも会員の名前全員覚えとるって時点でオカシイわ。おれ、自分とこのグループの奴しか覚えとらへんもん」
「俺も、この中じゃ朱莉しか分かんない」
「あ、そいつなら分かるわ。前に拓ん事鬼の形相で睨んどった人形の奴や。相変わらず不愛想やな」
名前が聞こえ、朱莉が顔を後ろへ向けて口を開いた。
「何と言われようが構いませんけど、行動を共にする会員の名前くらい覚えてください。オツム空っぽなんですか?」
「ああもう。朱莉も喧嘩吹っ掛けんな。出発前から仲間割れしてどーすんだよ……」
何やら視線の間で火花を散らしているふたりの間に、拓人が入る。
「拓人、学校の先生みたいだね」
翔の珍妙な指摘にも慣れたもので、はいはい、と受け流す。
「祝。言い忘れてたけど、朱莉はオレの従妹だ」
祝に向けて言ったが、その場に居た全員が反応した。
「今言います?」
とは、呆れ顔の朱莉。
こんなに反応されるとは思っていなかった拓人がたじろぐ。
「いや、何か……身内が悪く言われんのって嫌っつーか……」
「秀貴さんをあんなに邪険にしていた人がそれ言いますか?」
更に半眼で睨まれる。拓人はぐうの音も出ない。
朱莉は、ふぅ、と小さく息を吐いた。仕方ない、とでも言うように。
「私の事を『お母さん』と呼ぶなら、全てみ――」
「いや、だから呼ばねっつの」
チッと舌打ちする朱莉は一先ず視界の外へやり、拓人は一旦、皆に座るよう促した。
「本部組はここで待機。今の内に飯済ませとけ。んで、康成さんに外からの目隠し専用の結界符を渡してあるから、敷地内はいいけど敷地の外へは武器持って出るなよ!」
声は重ならずバラバラだが、了解の返事を聞き、拓人が続ける。視線を手前へ移して。
「福岡組も、腹ごしらえは早めに済ませとけよ。量は少なめにな」
はーい、とこちらもそれなりの返事。
「んじゃ、予定の時間まで各自自由行動な」
学校の先生のような事を皆に向けて言うと、会員たちは立ち上がったり座ったままだったり、各々自由に過ごし始めた。




