第四十六話『新種』―4
《天神と虎》屋上。
青い空にはまばらに白い雲が散っている。飛行機が一機、だんだん小さくなっていくのが見える。
「はぁ。嫌ねアタシ……母親と子どもを引き裂こうとするなんて」
「赤ちゃんだけ《自化会》に保護してもらったらダメなのか?」
後をついてきた尚巳が、フェンスに上がった。ちょこんと座って首を寝かせる。
「それは結局、第二の洋介さんを生むんじゃないかしら」
「そーかな? 母親が居なくても、おれはこうして生きてるけどさ」
黒猫が言っても説得力に欠く。しかし、尚巳がこれまでしっかりと生きてきたのも事実。
そんな尚巳曰く、結局はその人物の持って生まれた性格と性質によって、人生は良くも悪くもなるとの事だ。
「親が教授や医者や政治家だって奴が案外、殺人や強姦、暴行をやってんだ。そーいうのって、揉み消されるから表にはあんまり出ないけどさ」
つまり、人間の本質に親はあまり関係が無いと言いたいのか……。
「狂暴性を持った奴が親の権力を持ったら罪を犯しまくるって話。立派な親の背中を見て、それを目標にする奴も当然居る。逆に、親が居なくたって東大に行く奴だって、起業して成功する奴も居る。つまり、本人次第って事」
ってのも古い友人に聞いた話だけどさ、とも付け加えた。
「尚巳さんも、一生その姿かもしれないのに前向きよね」
「前を向いてんじゃなくて、今しか見てないのかもな」
黒猫はヒゲを動かして笑う。野良猫のような生き方だ、と光は思った。
「アタシね、高校を出たら占い師になろうかと思っているのだけれど……」
ふと、そんな言葉が口を突いて出てきた。
尚巳は黙って聞いている。
「占い師って、色んな分野の色んな法則を元にして視えたものを、いい事もわるい事もその人に合った言葉で伝える仕事なのよね」
心理カウンセラーやセラピスト、メンタリストにも似ている。
「相手の不安を煽るだけの言葉を投げつけるなんて、アタシってまだまだだわ」
しかも“本当に視えている”と知られてしまうと、占い師としてはやっていけない。占いは予言ではない。わざと“外す”事も必要となってくる。
勿論、光自身に予知能力はない。だが、悪い予感というものは当たる事が多い。それも今までの経験で学んだ事だ。
空を見上げると、西の空が少し暗くなっていた。
ユウヤ、イツキ、輝、洋介はまた地下牢へ戻っていた。ガシャン、と鉄格子を閉め、鍵をかける。
「大人しくしとくんだよ、浩司君」
洋介は牢屋の中に向かって手を振った。
ついでに、ズボンのポケットから細長い紙を取り出す。それには、墨らしきもので何か書かれていた。
「何だそれ。お札?」
ユウヤは興味津々だ。
「《自化会》で使ってる結界符の仲間だよ。四方を囲うと、その範囲を“封印”したみたいに隠すことも出来るんだ。今回は一枚貼って、浩司君がここから出るのを防ごうと思ってね」
ユウヤがポンと手を叩く。
「そういや、光ねーちゃんが入ってたキャリーバッグにも貼られてたな」
洋介の持っている符を眺めながら、ユウヤが感嘆の声を上げた。
「でも逆に、《自化会》ってそんな凄いお札を作れる人が居るんだね」
イツキが唸る。いくつもの超能力を持っている彼が言うのもおかしな話だが、何であれ、未知というものは脅威だ。
洋介は残りの符をしまいながら、まぁねぇ……、と返す。
「正直、僕が思うに、コレを作ってる奴が一番怖いかも。危険すぎて山に閉じ込められてた事もあるし」
「何だそれ。孫悟空か?」
輝が大真面目に言うので、洋介は吹き出した。
「ドイツの人も『西遊記』を知ってるんだ。そうだね、でも彼はどちらかと言うと三蔵法師かもしれないな」
「ハゲなのか!」
これはユウヤだ。
洋介は爆笑している。
ひとしきり笑って、髪と言えば……、とイツキを見た。
「イツキさん、僕もいつもはオールバックにしてるんですけど……ワックス、貸してもらえませんか?」
今の髪型鬱陶しくて、と言い終わると同時に、イツキが消えた。数秒後、現れた彼の手には青いケースのヘアグリースと手鏡と櫛が握られていた。
「洋介君が気に入るかは分からないけど」
水性のグリースを受け取り、鏡を見ながら髪を上げて整え、いつもの髪型が完成した。ほんのりライムの香りが漂う。
「はあー、スッキリしました。ありがとうございます」
鬱陶しかった前髪が視界から消え、洋介はご機嫌だ。
「さて……と。合成生物の生成も見せてもらったし。僕も何か役に立たないと割に合わないよね? 理科室へ案内してほしいな」




