第四十六話『新種』―3
意識を元へ戻す。
「あぁー、でも、洋介さんがこっちに来てるとなるといよいよヤバイな。あの人が裏切ったって聞いたから《自化会》の戦力が二分すると思って帰って来たのに」
「アサ!」
コーセーを背負ったマヒルが走って来た。
「姉ちゃん、久し振り。コーセーも元気かー?」
キャッキャと笑っているコーセーの頭を撫でると、東陽が腰を屈めてマヒルと同じ目線になる。
「姉ちゃん、ここは危険かも。コーセーを連れて逃げた方が良いよ」
先刻、光がミコトに言ったのと同じ事を、東陽はマヒルに言った。
彼が言うという事は、本当にここが危ないのだろう。彼らにとっては。
しかし、マヒルはきょとんとしている。
「何言ってんだ? ボスの私が逃げるわけねーだろ」
「コーセーも居るのに何言ってんの!?」
ミコトが叫んだ。
「赤ちゃんにはお母さんが必要なの! 分かるでしょ!?」
「そりゃ分かってんよ。そんで、コーセーを巻き込みたくねーってのも本心なんだ」
「わけわかんない……」
脱力したミコトが落ちるように、すとん、と椅子に座った。
「ま、意思は次代に繋げるっつーかな。私はお飾りボスだけど、色々ヤっちまったのも事実だしな。アンチが来るなら、それを殺るだけだ」
「部外者のアタシが言う事ではないけれど、マヒルさんはきっと逃げられない。だって、ボスだもの」
光がきっぱりと言い放つ。
マヒルは表情を変えない。ミコトと東陽には睨まれた。
「アタシは《自化会》の人間でもない。アタシは魔女なの。逃げようと思えば、いつでも逃げられる。でも、ここに居る。関わってしまったら、それは縁。仕方ないのよ」
光は東陽に向かって肩を竦める。
「アタシを人質として使いたいなら、それも構わないわ。まぁ、効果があるかは分からないけど。それとも、役に立たないから殺す?」
「貴女を裸にひん剥いて放り出せば、面白いものが見れそうだなとは思いますけどね」
東陽も同じように肩を上げた。
「賢明な判断じゃない」
「そうね。きっとこの辺り一面が消え失せるわ」
“誰の所為で”とは言わない。
「アタシにとっては《自化会》も《天神と虎》も人殺しの集団なの」
またしてもきっぱり事実を述べる。
「でも、それならアタシが同罪なのも事実。そして、こんないざこざに赤ちゃんは巻き込みたくない。それがアタシの意思」
自力では生きられない弱者の保護を最優先とする。
「だから、アタシは……コーセー君を連れて逃げるのはミコトさんが最善だと思ってるの。当然、これは赤の他人の意見だから聞き流してくれて構わないわ」
光は言いたい事を言い終え、大きく息を吐いた。
「ごめんなさい。ちょっと、外の風に当たって来るわ」
何に対して謝ったのか自分でもよく分からないまま、光は職員室を出た。
その後を、黒い影が追いかける。
「何よあいつ! 何様!?」
ミコトはおかんむりだ。立ち上がって地団駄を踏んでいる。
対してマヒルは「私は賛成だけどな」と呟いた。
「ボスも冷静になってよ! だってあいつ、わたし達がやられるの前提で話してんのよ!?」
「ミコトこそ冷静になれ。こういう時は最悪の事態を想定して動くもんだって、災害シミュレーション番組で言ってたぜ?」
ムキーッ! と頭から蒸気を出して憤慨するミコトを、まぁまぁ、とアサヒが宥める。
「なぁに。どんな奴が来るかは知らねーけど、後で合流すりゃ問題ねぇ。だろ?」
ピンク色の唇を尖らせて、ミコトは依然ムスッとしたまま、まぁね、とだけ答えた。腕を組んで椅子にどっかり座る。足は机の上に置いて。
マヒルは、そういやぁ、とアサヒに話を振る。
「《自化会》って、どんな奴が居るんだ?」
アサヒは口元のホクロに指を添えて、少し考える。
「そうだな。光さんが居るから、あの人は多分ここへ来ると思うな」
独り言のような呟き。
マヒルとミコトが、あの人? と揃って眉根を寄せる。
「光さんの婚約者。体中串刺しになって喜ぶ人」
「何それ……異常者?」
ミコトが青くなる。アサヒは困った顔で笑いながら頷いた。
「ユウとは違った意味でクレイジーだなぁ。自分で自分の腕を刺して、あいた穴から向こうの景色を眺めるような人だよ」
アサヒが喋れば喋るほどヤバイ人物像しか浮かばず、ミコトは黙ってしまった。オレンジジュースが好きみたい、という追加情報は、彼女の耳には届いていないようだ。
「っていうか光……そんな奴と結婚すんのか……」
光から婚約を迫ったと知らないマヒルは、光に同情した。




