第四十六話『新種』―2
――数分後――
「ちょっと……吐きそうなんだけど……」
青い顔で口元を抑えるミコト。
「……あれは……カッコイイのかしら……」
同じように青い顔で眉間を狭めている光。
その足元を、トットットッと涼しい顔で歩く尚巳。
ユウヤはご満悦だったが、女性人気は皆無なものを創造したらしい。
これから地下に居る出来損ないと戦わせるんだ、とか何とか言っていたユウヤにミコトが「わたしたちは遠慮するわ」と言って離れてきた。
「男子ってホントあーいうの好きよねー。信じらんない!」
「ミコトさん」
しー、と光が口の前に人差し指を立てる。
ミコトも、話し相手が出来た事で気が緩んでいたのだろう。口にファスナーを閉めるジェスチャーをして、一度黙った。すぐにファスナーを開く。
「ところで、さっきの話なんだけど。逃げ道なんてここには無いわよ」
「でも、アキトさんやゴロウさんはバイトへ行くわよね?」
光が問うと、ミコトは、ああー、と天井を見上げた。
「あの二人も、博多から出たらドカンよ」
ユウヤの許可が無ければ、市外へ出る事も出来ないらしい。
「ユウ君が作らせた装置を中心に、半径二十キロ離れたらアウト。体半分グチャグチャよ」
実際に見た事があるのか、ミコトの顔が歪んだ。
光も、それは悲惨ね、と自分の手首を見る。黒いバンドに赤いランプがひとつ。
とてもシンプルだ。こんな小さなものにそんな威力が有ることにも驚きを感じていた。
「ユウ君は色んな技術者を連れて来ては色々作らせて、ちょっと気に入らない事があるとすぐに殺しちゃうの。だから、コレの外し方も今となっては知ってる人が居ないのよ」
ミコトは自分のリストバンドを見せるように手を振った。
「ユウヤ君がミコトさんにコレを着けるなんて、アタシには意外に思えるんだけど……」
「あー……わたし、面白半分で自分で着けちゃったのよね。しかもユウ君、解除方法を聞く前に作った人を殺しちゃうんだもの」
本当に後先考えないのね、と光は内心呆れ顔。
光は世界征服など出来るとは思っていないが、少なくともユウヤは本気だ。力を持っている子どもは強い。何故なら、全力で向こう見ずだからだ。
破滅へ向かっていようとも気付かず、気にせず、前だけを見ている。
普通ならば止まる道を突っ走るのだから、強いものだ。
(お兄ちゃんも似たような所があるのよね……)
類が友を呼んでしまったのかと思う。
本日何度目かの溜め息をついた時――、
「光さん、お元気でしたか?」
窓の外から声を掛けられた。ここは三階。目の前に人が浮いている。
「あなた……」
光が目を大きくしていると、コンコンと窓をノックされた。
「開けてもらえますか?」
にっこりと微笑んでいるのは、ユウヤと瓜二つの顔。違う所と言えば、人当たりのよい笑顔と口元のホクロ。
光をさらった張本人。
「東陽君……」
鍵を開けると、東陽が窓を開けて入って来た。
「『アサヒ』が本名なんです」
「アサ君、久し振りー」
ミコトはひらひら手を振って東陽を歓迎。
「騒がしいけど、何かあったんですか?」
「んもー! アサ君敬語やめてよー!」
「ごめん、ごめん。なんか癖になっちゃってて」
はにかむ東陽の背中を、ミコトがバンバン叩く。
「なんかー、《自化会》から人が来てんのよねー。えっと、何て言ったっけ?」
「洋介さんと……こうじ君……だったかしら」
「そーそー! コウジの方はさっき……」
何を思い出したのか、ミコトは青ざめて口元を押さえ込んだ。
「……ユウがまた何かやったんだ?」
東陽が困り顔で小首を傾げる。
「うぅ……ユウ君はいつも何かしらやってるけど……。一体何と合成したらあんなのが……」
ミコトの背中をさすりながら、アサヒが嘆息した。
「ったく、あいつは……。派手にやるとアシがつくから止めろって言ってんのに……」
それはもう手遅れじゃないかしら……。と思いながら聞いていた光へ、アサヒが顔を向ける。
「ごめんね光さん。怖かったでしょ」
返事をする前に、東陽が話を続けた。
「ポロッと光さんの事を話したら、ユウヤが『連れて来い』ってうるさくてさ。でも僕は《自化会》から動けなかったから、お使いを頼んだんだけど……」
視線をミコトへ移す。
「シンジさんは?」
「死んだわよ」
やっぱりかー、と東陽。
「あの怪我じゃそうなるだろうと思ったんだ」
ユウは役立たずが嫌いだから……。と表情を曇らせた。
「ねぇ、東よ……アサヒ君。翔には会った?」
「翔さんには会ってない。拓人さんや他の上級会員にも。あ、凌さんと康成さんには会いましたよ」
意外な名前が出てきて、光は怪訝な顔をする。
「凌君……は、翔と決闘した人よね。勉強を教えてもらうって言ってたけど……。康成さんは……」
いつも天馬家で家事をしている筈だ。外出するのは買い物の時くらいだと、光は思っていた。
「ふたりとも《自化会》の本部に居たよ。康成さん、会長の第二秘書だったんだね。危うく殺されるところだったよ」
「秘書……」
それで、家で家事以外にパソコンへ向かったり、書類に何か書いたりして、その書類を会長宛てとして拓人に渡していたのかと合点がいった。
(アタシったら……ちょっと疑ってたわ……)
疑心暗鬼になっていたのだろうか。少し自分を恥じた。
(拓人君も倫さんも何も言わないんだもの)
つい、他人に責任を向けてしまう。
そもそも《自化会》とは本来関係ない自分にそんな話題が持ち上がるわけがないのに。




