第六話『チャイニーズ・マフィア』―3
「ってわけで、おれは特になーんにもせずに仕事が終わったわけですよ」
椅子に座っている尚巳が、日本から持ってきたカップ麺をすすりながら話す。
ホテルへ到着した一行は、一室に集まり事後報告をしていた。
一応は三ツ星ホテルで、ベッドはツイン。
横並びに、ふた部屋とってある。
食事は朝食のみ。
「いや? 尚ちゃんがおってくれたからワシも自由に動けたわけじゃしー」
泰騎は先ほど歩きながら買ってきた、串焼きを食べている。
屋台の並ぶ賑やかな店の内の一店で買ったのだが――泰騎は複雑な表情で、左手に持った肉を眺めた。
同じようにベッドに腰掛けている潤へ、肉を差し出す。
「潤、コレ何の肉じゃと思う? 一応『羊肉』って売られとったんじゃけど……何か砂っぽいんよなぁー」
泰騎が差し出すと、潤もひと口かじった。
「…………」
「な? 分からんじゃろ? ネズミとかカエルとかも売られとったけど、それは姿焼きじゃったしなぁ。こんなふうに肉片になると、種類が分からんな」
泰騎が首を傾げていると、日本のコンビニ袋からおにぎりを出しながら凌が呟く。
「そういえば羊肉って偽って猫とか使ってる屋台もあるみたいですよ。まぁ、ネットの情報なんで本当かは分からないですけど。犬肉同様。国際的な問題になっているとか、いないとか」
「……ネコ……そうか、猫はまだ食うた事無いから分からんわ」
「おれ、猫は食べたくないです」
尚巳が、げんなりしながらメンマをかじる。
「っていうか、泰騎先輩はよくあんな蝿にまみれた屋台の肉が食べれますよね」
凌が尋ねると、泰騎はきょとんと瞬きした。
「泥水と雑草と蟻で一週間過ごした事考えたら、別に気にするほどの事じゃねぇよ? そもそも中国人は食べとるわけじゃし」
「あぁ……中国の皆さん、文句言ってすみません」
凌は半眼でおにぎりにぱくついた。
「それより、潤は食わんの?」
猫肉疑惑のある串焼きを食べながら、何も口にしていない潤に気付いた泰騎が問うた。
「部屋に入る前に食べた」
「いつの間に……」
「だから、部屋に入る前だ」
「潤、何も隠れて食べんでもええじゃろ? ワシ等ん中にグロ耐性ねぇ奴はおらんから」
「何でご飯食べるのにグロ耐性が必要なんですか……」
尚巳が呟くと、凌が「あぁ」と手を叩いた。
「生肉ですか?」
凌が訊くと、潤は静かに頷いた。
その様子を見た凌が、潤の両手を握って床に膝をつく。
「日本じゃなかなか食べられないですもんね。潤先輩、気にせず食べて下さい。オレは、先輩が例えゴキブリを食べようと気にしませんから」
「いや、おれはその例えにドン引きだわ」
表情を引き攣らせる尚巳の肩に、泰騎が手を置く。
「尚ちゃん、食用のゴキもおってじゃなぁ……」
「いいです! いらないです! 結構です!」
泰騎が言い終える前に、尚巳は話を切り落とした。
「と、ところで、こんな所で売られている生肉なんか食べて、寄生虫とか大丈夫なんですか?」
尚巳が訊ねると、潤の代わりに泰騎が口を開いた。
「こんな所て……ホンマ、現地の人に怒られるで。あんな、有害な物質が体内に入ってきたら、騰蛇の部分がそれを排除する様になっとるんよ。じゃから、潤ちゃんには毒とか効かんの。がん細胞とかもあの世行きなん」
「へぇー、便利ですね」
賛嘆の息を漏らす尚巳に、凌が軽く肘を入れる。
唐突に、荷物をまとめてあるバッグから電子音がした。
一番近くに居た潤が、音の鳴るウサギ印の《P×P》事務所員専用タブレットを取り出す。
発信先を確認すると応答ボタンを押して返事をした。
映像通信になっている。
画面が安定するまでに聞こえてきたのは、陽気な声だった。
『やぁ。お疲れ様、潤。皆元気かい? 仕事の報告が情報部から届いたから、何をしているのかなーと思って電話しちゃったよー』
「元気ですよ。お忙しい中、気に留めて下さって有り難うございます」
珍しく顔を綻ばせる潤の横から、泰騎が先程とは別の串肉をかじりながら割り込んだ。
「しゃちょー! 久し振りじゃなぁー。元気? 今どこにおるん? 鳥取?」
黒いスーツに黒いワイシャツ、更に黒いネクタイを絞めた雅弥が手を振っている。
聞こえる雑音と背後の様子から、車で移動していることが伺える。
『泰騎は相変わらず元気だね。僕も元気だよ。今、福岡に居るんだ。あぁそうだ、また事務所に明太子と通りもんを送るよ』
「わぁー。おれ、通りもん好きなんですよー」
泰騎の横から、ラーメンを食べ終えた尚巳が顔を覗かせた。
潤の横からは凌も、控えめに画面を覗く。
「福岡って……珍しいですね。何かあったんですか?」
『うん。まだはっきりとはしないんだけどね。調べてる事が落ち着いたら、また連絡するよ。ところで、尚巳』
「はい? 何ですか?」
『初めて泰騎と仕事をしてみて、どうだった?』
尚巳は、ちらりと泰騎を見てから人差し指を顎に当てて答える。
「やりにくかったです」
きっぱり言い表され、泰騎が肩を竦めた。
「相変わらず、尚ちゃんってハッキリもの言うなぁ」
『あははっ泰騎はいつも自由だからね。この前も、恵未から苦情が来たよ』
雅弥の言葉に「恵未ちゃんまで……」と、泰騎が呻いた。
『でも、泰騎はすっごく強いもんね。尚巳も納得出来たでしょ?』
雅弥が言うと、尚巳は「あー……」と、一度目を泳がせてから、画面の中に居る雅弥に向き直った。
「その『すっごく強い』ってもしかして、“運”が……ですか?」
『当たらずも遠からずって感じかなぁ。泰騎の場合、特に空間認識力と危機回避能力が桁外れに高いんだ。噛み砕いて言うと、運と勘と感覚と、それについていく身体能力が凄く高いんだよ。生まれ持った才能の振り幅……潜在能力が凄く大きくて、でもそれを持て余さず使いこなしちゃう器用さが備わっているんだ。ホント、一般家庭出身でこの能力値は、羨ましいよねぇ』
「ちょお、褒めすぎじゃって」
わざとらしく照れて見せる泰騎に、雅弥が続ける。
『ただ、それを駆使して自分勝手に動き回るから、周りがとても動きづらくなるんだ』
「上げて落とされたぁー。ショックじゃわー」
言葉とは裏腹に、落ち込む様子は全くない泰騎。
非難されるのには慣れているし、いちいち落ち込んでもいられない。
落ち込む性格でもない。
雅弥は画面に映っていない人物に、横から小突かれた。
『あぁ、ごめん。そろそろ切るね。じゃあ皆、また日本で会おうねー』
手を振る雅弥の映像が、黒い画面に切り替わった。
◇◆◇
黒塗りの車が停まる。
「相変わらず、お前はあいつ等に甘いよな」
運転席から出てきた、グレーのスーツを着た男が嘆息した。
反対に、雅弥は笑みを零す。
「だって、あの三人は特に、僕が直接連れてきた秘蔵っ子たちだもの。もうひとりは、大切な友達からの預かり者だし。可愛いよ。良い子たちだしね」
「あぁ、よく知っている」
「家族は、大切にしなきゃ……ね」
目の前には、大きな門を構えた日本家屋が広がっている。
雅弥は手を組んで伸びをすると、隣を見た。
「それじゃあ、行こうか。謙冴」
黒いアタッシュケースを持った、グレーのスーツ――謙冴は、黙って頷いた。
《P・Co》パートひと段落です。
次話から《自化会》パートに戻ります。