第四十六話『新種』―1
時は少し遡り、三十分前。
ユウヤと輝は、並んで地下牢まで来ていた。洋介と浩司を挟んで最後尾はイツキが続いている。
昨晩意気投合したユウヤと輝は、合成生物の中でも失敗作が集められているこの地下牢でパーティーの二次会をしていたらしい。
そこで、輝がユウヤに“お近付きの印”として渡したものがある。
水槽に入っているそれが、ちゃぷんと動いた。
「何だい、これ。新種?」
「そうだぜ! 輝兄ちゃんが造ったキメラなんだ!」
水槽をポンと叩くと、歪なそれが苛立たし気にまた動く。
海洋生物で強いと言われるのは、シャチやサメなど、大きいものが多いが――水槽の中に居る生物は、そう大きくない。
「こいつと人間を更に合成したら、すっげーヤツが造れそうなんだよなー」
浩司に向かってにっこりと笑うユウヤの顔は、陰影が濃く出ている。地下牢という場所も相まって、不気味さを演出していた。
現在。職員室。
「ユウヤ君があんなに嬉しそうって事は、あまり良くないものが生まれたのかしら」
壁に背中を預けて光が言う。
ミコトは自分の口元に人差し指を当てた。
「それ、ユウ君には聞かれない方がいいわよー」
彼の機嫌を損ねると、良い事にならない。
「イツキ様もよく付き合って一緒に居るけど、嫌じゃないのかしらねー」
ぽつりと溢された言葉に、尚巳が「なぁ」と鳴いて答える。
「ミコトさんって、イツキさんの事が好きなの?」
光の発言に、ミコトが椅子をガタガタ鳴らして光の方を勢いよく向いた。
「バッ! ばか言ってんじゃないわよ! 親友の旦那よ!? そっそっそんなわけないじゃない!」
耳まで真っ赤にして否定しても、説得力がない。
「人を好きになるのにダメとかないと思うのだけど……相手が妻子持ちだと否定するしかないわよね……」
「だから! 違うつってんでしょ!」
ムキになって怒鳴った後、少しの深呼吸を挟み、ミコトは大きな溜め息を吐き出した。
「そりゃあさ。昔は好きだったわよ。でも、もうきっぱり諦めたの」
俯いたミコトの手を、尚巳がペロペロ舐める。
「励ましてくれてんの? ナオミ君はやさしーねー。ありがと」
ミコトに頭を撫でられて満足そうな尚巳。猫になりきっての演技だとしたら大したものだが、光は魂の抜けたような顔になってしまった。
軽くかぶりを振り、笑顔を作る。
「ミコトさんなら、きっといい人が見付かるわ」
「何よ。そんなありきたりな言葉で励まそうったって、そうはいかないわよ。っていうか、本当にもう諦めたんだから」
光もこうして邪険にされるのに慣れてしまって、ミコトの人柄を知ってからは愛しささえ感じるようになっていた。
「ミコトさん、いい人だもの。いい人には幸せになってもらいたいわ」
本心だった。
本来、ミコトはこんな所に居てはいけない人物なのだ。それはきっと、マヒルも同じ。
光は、出来ればコーセー含む三人を連れ出せないかと考えているのだが……。
(残念だけど、きっと無理でしょうね)
特にマヒルは、虐殺を行っている組織のボスという立場に居る。連れ出せたとしても、逃げきれないだろう。そして、母親を失った赤ん坊の末路など考えたくもない光は外に目をやった。
太陽は目線よりずっと高い場所にある。
朝食は食べた。牛乳一杯とロールパン一個。他の団員もそうらしい。昨夜のジャンクフードパーティーは一体何だったのかと思えてくる。
後先考えない衝動的な行動の多いユウヤ。そんな彼が造ろうとしているのが、彼の“理想郷”。
(いや。たまったもんじゃないわよ、それ)
子どもの妄言だと言い切れるなら、そう言い捨ててしまえばいい。しかし、彼は自分を中心に始めてしまった。
彼の理想郷作りを。
中二病をこじらせたなどという可愛らしいものではない。
わがまま放題の自己中が治める独裁国。人はそれを――
「きっと、この世の地獄って呼ぶわね」
青い空に浮かぶ羊雲を見ながら、光はそんな言葉を吐いていた。
ふと、悪い予感が首筋を撫でる。
そう遠くない未来、良くない事が起きる。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。
「ミコトさん……」
考える前に声が出ていた。
ミコトは怪訝そうに光を見る。
「大丈夫? 顔色悪いわよ」
「逃げ道を……確保しておいた方が良いわ。もし、万が一マヒルさんに何かあった時は、貴女がコーセー君を守らなきゃ……」
「アンタ、何言って――」
ガンッ! と激しい音をたてて、職員室の扉が開いた。
顔を紅潮させているユウヤが、室内へ入ってくる。
(まさか、今の会話を聞かれた?)
光の背筋を冷たいものが伝う。
「ちょっと見に来てくれよ! スッゲーのが造れたんだ!」
杞憂だったようだ。
二人と一匹は、ユウヤに言われるがまま音楽室へ向かった。




