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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第五章『秘密』
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第四十五話『行き先』―5

 

 洋介についての説明を聞き終えた翔が、ムスリと呟く。


「何で裏切るかもしれない奴を側に置いといたの? 嵐山ってバカなの?」

「良くも悪くも困った人なんです」


 苦笑する康成に、翔は「それ、悪いトコしかないと思うよ」と返した。


「ま、いいけど。いや、良くないかも。俺が洋介殺したいのに凌に依頼するとか、嵐山ホント死ねばいいのに」

「あー、そっか。味方じゃなくなったから堂々と殺せるもんな」


 困り顔で言った拓人は、《自化会》本部の廊下での出来事を思い出していた。

 臣弥がどこまで知っているのかは定かではないが、凌に洋介殺害の依頼をした事によって翔が今飛び出すのは抑えられている。

 翔ならば、そんな事は無視して殺した上で、ごめん、のひと言で済ませる可能性もあるが。


「横取りはよくないもんね」


 と、今のところは大人しいものだ。


「光さんと尚巳君が居る以上《天神と虎》へ向かうのは早い方がいいですね。《自化会》から資金は出すので、《P・Co》さんに国内外両便の出国者名簿と監視カメラの映像解析をお願いします。昨日の昼から現在まで。正式な依頼書は後日お渡しします」


 康成が、自分が今言った事を書いたメモを、泰騎に渡した時――、


『ちょっと待ってくださいよぉぉぉおお!!』


 康成の背後から、臣弥の情けない絶叫が聞こえた。姿は見えない。


「うるさいです。黙っているという約束でしたよね?」


 康成は笑顔を崩さず言う。ズボンの尻ポケットから出した、スマートフォンに向かって。

 それはスピーカーをオンにした状態で、臣弥と通じていた。


「そもそも、貴方がもっとしっかり設備投資と人材育成をしていれば、他組織へ依頼を回す事無く内部だけで解決出来るんです。それを怠ったツケです。貴方の口座から抜いておきますので、後日確認をお願いします」


 更に情けない悲鳴が響いたが、ブツリと通話を切ったのでちょっとした静寂が訪れた。


「……今までの話、会長、全部聞いてたんですか……」


 拓人が半眼で言う。その後ろでは、泰騎が小声で電話をしている。康成に頼まれた件についてだろう。


「一応、会長ですからね。今後の行動を把握しておいてもらわないといけないので」


 康成はスマホをポケットへ戻した。


「あーあ。翔に『死ねばいいのに』とか言われて、声を殺して泣いてたんじゃない? カワイソー。ザマミロー」


 皆に新しいお茶を配りながら、倫が笑う。


「倫は相変わらず臣弥が嫌いなのだな!」


 臣弥の親友も笑っている。


「設備にしても人材にしても、必要な事に金を使わねーってのは事実。何度改善提案を提出しても実行されずに放置。オレもそろそろ限界なんですよね」


 拓人は訴えるように深叉冴を睨む。無論、文句を言いたいのは臣弥にであって、深叉冴にではない。

 深叉冴もたじろぐしかない。


「儂が生きておった頃は、予算を儂と臣弥とで二分しておったから、設備と育成に関してはそこから出しておったのだが……」


 ちらりと康成を見やるも、肩を竦めて首を横に振るのみ。


「あぁもう……。いいです。この件が終わったら、オレが力ずくでテコ入れします」


 拓人がうんざり吐き捨てると、翔が拓人の服を引っ張った。


「ねぇ。拓人が会長になれば良いんじゃない?」

「ぜってーヤだよ」


 即答だった。

 翔は、良い考えだと思ったのに……、としょぼくれている。


「会長の件は置いといて。《天神と虎》での総指揮は拓人君、お願いしますね」


 さらっと告げられた言葉に、拓人が顔を険しくした。が、よく考えれば今動ける会員の中では自分が一番上の立場に居るのだと気付き、分かりました、と首を縦に動かす。


「んじゃ、康成さんは参加人数分のインカムの手配と閉校前の学校の見取り図の準備をお願いします。あと、応急処置の――」

「あ、あの……!」


 雪乃が声を上げた。


「応急処置は、私が……」

「でも、雪乃さんは今、会員じゃねーし……」


 拓人は学校の敷地を覆ってもらう事にすら抵抗があった。契約しているとはいえ、彼女は前線担当ではなく事後処理担当なのだ。


「会員ではなくても、所属はしています。お願いします。あの……足手まといにはなりませんから……!」


 懇願されれば頷くしかない。

 そして、多分……いや、確実に、彼女が居ればプラスになる。拓人もそれは確信している。更に、彼女はおそらく自分よりも役に立つ、とも。


「じゃあ、雪乃さんには校庭で応急処置をしてもらうとして……」


 校庭には潤も泰騎も居るので、危険は少ないだろう。そんな心配はきっと無用なのだろうが、安全に配慮するに越したことはない。


「ねぇねぇ拓人。俺は?」


 翔が挙手する。


「お前は光さんを探して保護するのが最優先だろ。インカムちゃんと付けろよ」

「分かった! あと、東陽見付けたら俺に教えてくれる? 俺、ちょっと話したい事があるんだよね」

「東陽も多分《天神と虎》に向かってるだろうし。分かった。他の奴らにも伝えとく」


 喜ぶ翔から目を離し、拓人は康成に向き直った。


「今日の朝九時に、動ける奴全員集めてください。場所は会議室。本部組と福岡組に分かれます」


 康成は、わかりました、と頷いてから《自化会》の本部と連絡をとる為に席を外した。


「で。オレが洋介なら故郷のロシアに向かうとこだけど……状況からしてパスポートなんか持ってねーだろうし、本部へ戻って来るか、福岡へ向かってるか……だな」


 目配せすると、そーだな、と凌も頷く。


「念の為、空の便の結果が出るまで待って……」


 凌の声に、プルルルルッ、と電話の音が重なった。固定電話の音だ。そのすぐ後に『ファックスを受信します』という音声が告げる。


 続いて潤が借りている自室へ上がり、自分のノートパソコンを持って来てメールを開いた。


 メールにはこう書かれている。


『飛行機は特にこれといって該当する人が見当たらなかったから、新幹線も調べてみたよ。オールバックじゃないけど似た人が防犯カメラに映ってたから送るねー』


 添付されている動画を開いて、皆に見せた。


 新幹線のプラットホームに銀髪で長身の男と、その隣に少し小さい茶髪の男が立っている。


 拓人が映像を確認して、例のふたりである事が決定的となった。


「博多行きでこの組み合わせで全くの別人だったら、それはそれですげーよ」

「じゃあ、間違ってたら拓人、皆の前で腹躍りしてよ」


 急に無茶苦茶を言う翔に、拓人がすかさず、


「お前はどー思うんだよ」


 ディスプレイ内の、一時停止しているふたりを指差す。


「“こうじ”は知らないけど、この背格好は洋介でしょ」

「んじゃ、間違えてたらお前も一緒に腹躍りな」


 腹躍りはするんだ……と思いながら聞いていた凌も、晴れて行き先が決まったわけだ。




◇◆◇◆




 その頃――《天神と虎》の音楽室。

 元の色や素材や分からないほど赤黒く染まった室内で、いつにも増して大きなユウヤの笑い声が反響していた。




 《天神と虎》、現在は会議室として使われている職員室。ここにも、ユウヤの笑い声が微かに届いていた。


「防音がしっかりしてる音楽室からここまで声が聞こえてくるって……ユウ君、今度は何を造ったのやら……」


 ミコトの吐いた溜め息が、膝の上に居る尚巳(ナオミ)の体毛を僅かにくすぐった。



 

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