第四十五話『行き先』―3
拓人は嘆息混じりで、あのなぁ、と返す。
「泰騎さんは天馬家へ入る為に、親父から符を買ってたんだよ」
だから、オレの結界がポンコツなわけじゃねぇ。と反論。
「ところで『雪乃さんのつる』って何の事ですか? 何かの隠語ですか?」
倫は首を寝かせた。
「そういえば、倫さんは《自化会》の事には関わらないので知りませんでしたっけ。雪乃さんの中には、六合が居るんですよ」
《自化会》が巨大な虫の集団に襲われたところを、ものの数分で鎮めた事も話す。
りくごう……? と、倫は首を逆側へ倒した。
「十二天将の一柱です。雪乃さんの六合は、植物を操る事が出来ます。因みに、寿途君も同じ力を持っていますが、彼には六合の細胞……遺伝子の一部だけを移植しているんです。雪乃さんには遺伝子に加え、六合本体も憑いているんです」
倫は、へぇ、と漏らしただけだったが、康成の説明に感嘆したのは泰騎だった。
「へぇ。じゃあ雪乃ちゃんは潤と同じなんかー。他にも居るもんなんじゃなぁ」
「でも、六合はもうこの世には存在しないよ」
口の中に鯖を入れたまま、翔がもごもご言う。ごくん、と口の中のものを飲み込んで、
「だって、今は雪乃が六合だもんね?」
確認の視線を送られ、雪乃が眉を下げた。
「そうなりますね。そういえば翔さんも、どうやら元に戻ったみたいで……この場合『おめでとうございます』と言うべきでしょうか……?」
ちらっと深叉冴に送った視線を翔へ戻すと、翔は得意気に胸を張った。
「寒太の体はなくなっちゃったけど、俺が俺に戻れたのはとっても嬉しい事だよ! ありがとう」
カラッと笑う翔に、雪乃は目を細めて、そうですか、と微笑んだ。
「……どゆ事……」
どういう事か、と拓人が隣に座っている翔に説明を求める。
「俺、五歳の時に父さんに精神をふたつに分けられてたんだ。その片方が寒太に入ってたんだけど、昨日、父さんに元に戻してもらったんだよ」
スラスラと説明を終え、翔は味噌汁を啜った。
それに深叉冴が補足する。
「精神というか、魂をガッツリ二分しておってな。翔は寒太の事を『マネージャー』と呼んでおったが、どうやら記憶力の良さは寒太の方に移っておったらしい」
「それ……もし寒太が死んだ場合はどうなってたんですか?」
拓人が半眼で訊いた。
「“寒太”自身はもう死んでおるからそれは無いが……万一そんな事態になったとしても、残りの魂が翔に戻るだけじゃな」
深叉冴はあっけらかんと言う。
泰騎はゲンナリした顔で「魂って、分けたり捏ねたり出来るモンなん?」とカルチャーショックを受けている。
「翔の使っておる"禁刀"は元々、“天魔”家に伝わるものでな。通常の人には見えぬもの……つまり魂を斬る為の刃がついておる」
どこから出したのか、深叉冴の手には禁刀があり、彼は鞘から抜いて刃を見せた。鋼ではない刃が輝いている。
翔が、また勝手に俺の部屋に入ったの……? と呟いたが、無視された。
「見ての通り、この刃は鉱物のようなものでな。特殊な加工を施してあるので、滅多な事では折れぬ。というか、折れた事が無いので分からぬのだが……。勿論、生身にも使えるぞ」
チンッ、と刀身を鞘へ戻し、未だにムスッとしている翔へ渡す。
凌は、今ので刀が折れるフラグ立ったんじゃ……? と思ったが、忘れるように努めた。
「あ、僕からもいいですか?」
康成が挙手した。誰も何も言わずに視線だけが集まったので、続きを口にする。
「少しまとめますね。裏切った会員は洋介君と浩司君。元々 《天神と虎》と繋がりのある内通者が東陽君。この三人には会長から殺害命令が出ています。が、会長が言うには……洋介君に関しては凌君に頼んだ、と」
視線が康成から凌へ移る。
その中で、泰騎が「そーいや」と口を開いた。
「ソレ、倖ちゃん……ウチの情報処理担当の広報部長が言うとったわ」
依頼として正式に《P・Co》にも通っているらしい。
拓人は広報担当が情報処理をしているという点に闇を感じたが、黙っている。
凌は頬を掻いた。
「何でオレかは分からないんですけど……そうなんです」
「会長としては、洋介君は元々 《P・Co》側の人間だからそちらの方に処分してもらいたいんじゃないですかね。どちらにせよ、洋介君が動きを見せたら《P・Co》に依頼して殺させる気だったみたいですよ」
康成の言葉に、倫が「やっぱりあの人エゲツな……」と苦虫を噛み潰したような顔をしている。
倫が《自化会》に関わりたくない理由は、臣弥にある。とにかく相性が悪いのだ。
「そういえば、康成は会長第二秘書から第一秘書へ昇格したのか?」
その場でくるりと回りながら、深叉冴。
康成は困り顔だ。
「会長と行動するとなると、スーツですからねー……。《P×P》さんのピスミTシャツが着られなくなるのは寂しいです」
今着ているTシャツを見下ろす。ピンクのウサギが人を小馬鹿にしたような顔でそこに居る。
少し汚れているが、洗えば問題ないだろう。
康成の言葉に、ピスミの生みの親である泰騎が大層喜んで手を叩いた。
「天馬のにーちゃん、あんがとー! 嬉しいわぁ! 今度、ピスミのネクタイ三本セットとハンカチとマスコットキーホルダー送るわ!」
カジュアルファッションのみではなく、ビジネススーツアイテムも作っているらしい。
今度は康成が声を上げて喜ぶ。
「本当ですか!? 有り難うございます! おいくらですか?」
「金はええよー。潤と凌が世話んなっとるし。ワシからのプレゼントって事で! な! ネクタイは三月頃に新作出すけん、良かったらそっち買ったってー」
「是非購入させていただきます! というわけで深叉冴様、僕、第一秘書になっても良いですよ!」
《自化会》の本部に居た時にすら見せなかったやる気を振り撒く康成に、凌がひと言。
「……翔の事危なっかしいって言ってたのは口実か……」
「え、俺が何?」
「何でもねぇ」
視線を逸らせた凌の目の前では、泰騎が天馬家へ例のブツを送るようにスマートフォンで連絡している。
「《天神と虎》についてですが……」
今まで気配を消していたのかという程存在感のなかった潤が声を上げたので、一同が少し驚きの表情で潤を見る。
「家庭教師が終わったので俺は一度 《P・Co》へ戻りますが、《天神と虎》へ向かう際には俺も同行します」
「えっ! 潤も来てくれるの!? 来ないんじゃなかったの!?」
翔が赤い瞳を輝かせた。




