第四十五話『行き先』―1
天馬家。爽やかな朝。スズメのさえずりに混ざり、バイクのエンジン音が近付いてきて……止まった。
男が二人、話しながら門をくぐる。
「泰騎さんが居てくれて、本当助かりました」
「ええよええよー。しっかし、朱莉ちゃんの料理凄かったな!」
灰色髪の男は笑っているが、金髪の男は項垂れた。
「何で卵焼きが紫色になるのか……」
「ホンマな! 師匠がカレー作っとらんかったら、ワシら死んどったかもしれんな!」
はっはっはっ! と笑い飛ばす灰色男と、笑顔を引き攣らせている金色男。赤の他人ではあるが、顔付きが少し似ているので兄弟のようにも見える。
家へ入ると、金髪――拓人が階段を上がりながら言った。
「潤さんの部屋はココ上がってすぐ左側になります。ひとつ向こうが凌の部屋です。オレは自分の部屋に寄って行きますんで」
じゃ、と階段を上がりきった拓人が反対側へ向かう。
灰色髪――泰騎は言われた部屋をノックもせずに開けた。
「潤ちゃーん! おっは…………」
はた、と動きを止めた泰騎の眼前には、明らかに一人分ではない膨らみ。大きな布団の山脈があった。
むくりと起きたのは、茶髪のくせ毛。血のような赤い目を擦っている。
「あ、灰色の人だ。えっと、名前……泰騎! すっごい! 俺覚えてた! 潤! ねぇねぇ、泰騎が来てるよ! 泰騎で合ってるよね!? 起きてよ! おーきーてー」
ゆっさゆっさと隣の山を揺さぶると、山がもぞもぞと動いて寝癖のひとつも跳ねていない長髪が顔を出した。強いて指摘するなら、少し髪が広がっている。
ピンク掛かった赤い瞳が泰騎を捉えた。
「……おはよう……」
「って、アホか! おまっ! 何爆睡しとんじゃ!」
「…………」
眉間に皺を寄せて据わった目を向けられたが、泰騎は続ける。半眼で。
「っちゅーかお前ら、毎日二人で寝とったんか……?」
目を開けたり閉じたり、頭の位置も定まらない潤に代わって翔が答える。
「違うよ。潤がもう帰るって言うから、色々話したい事もあったし俺が押し掛けたんだよ」
ねー。と同意を求める翔に、潤は無言で頷いた。
泰騎は大きな目をぱちくりさせている。
「え、潤……帰ってくるん?」
「そう言ってんじゃん。耳、悪いの?」
翔の言葉に、泰騎がまた半眼に戻る。
「お前……そんな腹立つ性格じゃったっけ?」
ぼそっと口にした時、ドアの両側から拓人と凌がひょっこり顔を覗かせた。
凌は血相を変えて、翔に飛び掛からんばかりの勢いで叫び声を上げる。
「あぁぁあッ!! おまっ! な、何、潤先輩と寝てやがんだ! このっ! ばかっ!」
「翔、はよー。潤さんも、おはようございます」
取り敢えず凌の事を無視し、拓人が挨拶をした。
いつの間にか立ち上がって着替えを済ませていた潤も、いつもと変わらぬ顔で拓人に挨拶を返す。
「ああ。お早う」
「潤さん、マジで寝癖つかないんですねー。羨ましいです。泰騎さん、今日寝癖凄かったですよね」
「はっはっは! ワシも拓人と同じで髪の毛かてーからな!」
この言葉に反応したのは、凌に怒号をぶつけられている翔だ。
「え。拓人、泰騎と寝たの?」
「泰騎、未成年はやめておけ……」
翔からは期待の眼、潤からは蔑むような眼を向けられ、泰騎が叫ぶ。
「違うわい!! お前らと違って、別々の部屋で寝たわ!」
今にも地団駄を踏みそうだ。
そんな泰騎から視線を凌へ移すと、翔は小首を傾げた。
「っていうか、凌はいつ帰ってきたの?」
凌も少し落ち着いたのか、溜め息を挟んで答える。
「夜中の一時頃かな。《P・Co》へ報告に戻って、そっからこっちに戻ってきた。倫さんから合鍵借りてたし」
その頃には寝ていたらしい翔が、そーなんだ、と頷いた。
「ところで翔、寒太は一緒じゃねーのか?」
拓人が室内を見回しながら問うのと同じタイミングで、玄関の開く音と「ただいま戻りましたー」という康成の声がした。
五人が玄関へ向かうと、康成と雪乃が並んで靴を脱いでいた。
翔がひと言、
「康成は雪乃と寝たの?」
と訊いた事で場の空気が固まった。
康成は全身が硬直している中で眼球だけを雪乃と拓人へ交互に向け、雪乃は真っ赤な顔を今にも泣きそうに歪め、拓人は――
「康成さんって雪乃さんと付き合ってたんだ? 何か意外だけど、お似合いですね」
にこやかに祝福モードだ。
いよいよヤバイ! と叫ぶように康成が慌てて声を上げる。両手をぶんぶん振りながら。
「違います! 詳しい事は後でお話ししますけど……! 徹夜で本部の片付けをしていたんです!」
事実を述べるも、どうも嘘くさくなってしまう。
康成の声に驚いたのか、倫も姿を見せた。いつものように、ヘンテコなお面が頭に乗っている。
「康成さん、お帰りなさい。雪乃さんもお疲れ様です。朝ご飯出来てますよ」
倫が何のツッコミもなく二人を招いたので、一同も「騒ぐほどの事じゃないか」と冷静になった。
「あ、オレと泰騎さんは済ませて来たんで、朝飯はいいです」
倫が、はーい、と返事をした声にかぶさる様に、ドロンと深叉冴が現れた。




