第四十四話『光と尚巳と来客』―3
兄とユウヤは未だに仲良さげに話している。何と何を合わせればより強い生物が造れるか、今まで何を合成してきたか、など。正直、光には全く興味のない内容だ。
尚巳はミコトを見付けると、なぁ、と鳴いて生足にすり寄っている。
ミコトはミコトで「ナオミ君、おかえりなさーい!」とハートを飛ばす勢いで尚巳を抱き上げ、毛がふさふさの腹に顔を埋めてスーハースーハーと息をしている。
マヒルとイツキはコーセーを寝かしつけに行ったのか、姿が見えない。
(っていうか、新婚でこんな環境は……イヤね)
光は率直な感想を心の中で述べた。
自分も、もし翔との生活が同棲から家庭へ変化したとなると、兄が二人も居る家で過ごさなければならない。そう考えると、少し億劫だった。
康成も倫も「二人が結婚したら家を出る」とは言っている。それはそれで、追い出すようで後ろめたい。倫は特に、身の回りの事を頼みやすい存在でもある。
そんな矛盾とちょっとした葛藤を脳内で繰り広げていると、尚巳を抱いたミコトが近付いて来た。
「魔女も睡眠はとるでしょ? あたしの隣の部屋が空いてるから、使えばいいわよ」
ユウヤにも許可は取ってあるらしい。
何だかんだで面倒見のいいミコトに、光の表情筋が脱力した。
「ありがとう、ミコトさん」
「別に、アンタの為じゃないし。もし、あたしと相部屋とか言われたら嫌だから、先手を打っただけだし」
ブツブツ言いながら尚巳の首に顎を乗せ、ミコトは光を部屋へ案内した。
夜の学校へ入ったことのない光は、少なからずわくわくとした気持ちで廊下を歩いている。所々設置されている消火栓の赤いライトが、不気味であり新鮮でもあった。
通された部屋は、元々はクラブ活動などに使われていた特別教室だろうか。今まで入った教室よりも小さい。
簡素なものだがベッドやテーブルがあり、壁のハンガーに掛かっているのは――、
「青い……オーバーオール……」
「あぁー、この部屋、シンジが使ってたから。でもあいつ、結構綺麗好きだったからそんなに散らかってないでしょ?」
確かに、室内は片付いている。
男が使っていた部屋に通された事に閉口していると、テーブルの上に置かれている複数ある携帯電話の内のひとつが鳴り始めた。音量は小さい。
「あー、あいつ、ホストだったから。女からの電話やメールがすごいの」
ミコトが右手を翳すと、携帯電話はふわりと浮いてミコトの元まで一直線に飛んできた。
「……ミコトさんも、サイコキネシスを使えるの?」
「そんな大層なモンじゃないわよ。引き寄せるだけ。んじゃ、おやすみー」
右手に携帯を持ち、足元には尚巳を連れて、ミコトは去って行った。
「……引き寄せる……」
磁石のようなものかしら、と光は首を傾げたが、答えが出るはずもないのでベッドに座った。
「翔の部屋にも行った事ないのに……変な感じ……」
部屋の中を見渡して立ち上がり、ハンガーラックを見ると、スーツがたくさん並んでいた。
(本当にホストだったのね)
彼が死んで泣く人が、一体何人居るのだろうかと考えると、やるせない。
さっきの電話にしてもそうだ。なかなか連絡が取れず、心配している人も多いだろう。
(かといって、喚ぶほどの人物でもない……のよね)
喚べば来るだろう。だが、メリットが無い。もし下手に降霊術など使おうものなら、ユウヤに捩じり殺されかねない。
(ま、当分は大人しくしときましょ)
ここへ来た時と同じ結論に行き着いた。
シンジの布団に包まれて眠るのは気が引けたので、光は掛布団の上で横になったまま眠りについた。
朝。目が覚めると、外が騒がしかった。
廊下にある手洗い場で適当に顔を洗って、角部屋となっている隣の部屋をノックした。
「ミコトさん、おはようございます。外が賑やかだけど……」
「ちょっと待って! もうちょいだから!」
扉の向こうから慌てた怒鳴り声がして、バタバタと走るような音も聞こえ、一分程して扉が開いた。
パッチリ二重にバシバシまつ毛、山形の眉にピンクの唇。どうやら急いで化粧をしていたらしい。髪も、大きなカールのツインテールになっている。
「っていうかアンタ、化粧しなくてその顔面ってマジ腹立つんだけどぉ」
半眼で下膨れるミコトの足元を、尚巳が何食わぬ顔ですり抜ける。
光に向かってひと言、なぁ、と鳴いた。
(……尚巳さん……ミコトさんと寝てるの……?)
自然と笑顔が引き攣る。
そんな光の心中など知らぬミコトは「行くわよ」と喧騒の方へ走った。