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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第六話『チャイニーズ・マフィア』―2


 通路の角から、数人の息遣いを感じる。


 自分の唇を舌でなぞると、泰騎は服のポケットから手のひら大の石を取り出した。

 通路へ投げる。


 乾いた音が、廊下に反響する。

 瞬時に聞こえてくる銃声と、目の前で散る火花に、広がる硝煙。

 その音に紛れて、泰騎は跳躍した。


 手首に仕込んだシューターから、ワイヤーに繋がれたアンカーが飛び出し、天井へ深く刺さった。

 逆さになり、天井へ足を着く。

 馬鹿みたいに無人の廊下を発砲する男たちを、ゴーグル越しに確認した。


 男は二人。


 泰騎は天井を蹴り、後ろに位置する男の顔面に足裏から着地した。男は倒れ、もう一人が後ろを振り向く。


 体にぽっかりと穴の開いた仲間を見て、残った方が辺りを見回している。

 それを、足払い。


 倒れ込む前に、止めを刺した。


 ゴーグルに跳ねた血をジャケットの袖で拭うと、後ろを振り返る。

 人影はない。


「尚ちゃん、今どこにおるん?」

『二階です。ひとり始末しました』

「一階は良さそうじゃけん、ワシも上行くわ」


 部屋のドアを順に開けて目視しながら、前へ進む。

 人の気配は無い。


 泰騎は、歩いて階段を上った。

 この建物は、三階建てだ。


(一番偉いヤツは一番高い所におるって、相場は決まっとるんよなぁ)


 二階を飛ばし、三階へ直行する。


 一番奥の部屋から、物音がした。泰騎は胸中で指を鳴らした。


(こっちが当たりか)


 嬉々として部屋へ乗り込もうと足を踏み出した――が、ドアの前ではたと止まる。


 人の気配が消えた。


 代わりに、金属が床へぶつかる鈍い音が耳へ届く。

 泰騎が「あちゃー」と発した声は、爆音に吹き飛ばされた。




 上の階からけたたましい音が聞こえ、すぐ近くの天井が落ちてきた。


 建物全体が揺れる。


 パラパラと天井の破片や埃が落ちてくる中、尚巳は立ち尽くしていた。

 足元に転がっている――いかにも高価そうな――大きな石像を見て、背筋が伸びた。


(とっさに飛び退いたけど、反応遅れたら直撃だったな)


 そして、天井に盛大に開いた穴を下から見上げる。

 立ち込める粉塵と瓦礫のぶつかり合う音に混じり、馴染みの声が聞こえてきた。


「あぁー、手榴弾はキツイわぁー」

「あ、泰騎先輩。三階に行ってたんですか」


 上から聞こえる呑気な声に、尚巳が胸を撫で下ろした。


「無事で何よりです」


 というか、さっきの爆発に巻き込まれて、何で無事なんだ? と疑問が浮かんだが。

 それはさて置き、泰騎の元へ急いだ。




 幸い階段は無事だった。

 だが、三階は原形を留めていない。

 あらゆるものが、粉々になって壁に寄っていた。

 その様子が、爆発の威力を物語っている。


 無論だが、床には大きな穴が開いていた。


「泰騎先輩(せんぱーい)?」

「尚ちゃんごめんー。逃げられたぁー」


 言う泰騎は、膝に手をついて立ち上がるところだった。

 体中細かな瓦礫や塵挨まみれだ。

 溜息を吐き、ゴーグルを頭へ掛ける。


「行き先はもういっこの事務所か、最寄りの店じゃと思うんよ。(はよ)う追いかけるで」


「え……もう片方の事務所は潤先輩と凌が行ってるから、情報だけ伝えて任せれば良いじゃないですか。泰騎先輩、怪我してますし」


「服が破れたから大袈裟に見えるけど、これはかすり傷じゃって」


 言われて見ると、確かに手の甲に微かな傷があるのみだ。

 しかも、血は皮膚の表面に滲んでいる程度だった。


(だから、何であの爆風に巻き込まれて、かすり傷で済んで……)


 尚巳は、思考を巡らせ、ある可能性に行きついた。


(あまり現実的じゃないけど……もしかして、この人……)


 尚巳が答えを出す前に、泰騎が歩き出す。


「さっきご近所さん見て回って、逃げて行きそうなトコ見付けたけん。行こ行こ。あ、防犯カメラも全部壊してきたから、多少暴れても平気じゃで」


 歯を見せて笑う泰騎は、歩きながら体中に被った埃や諸々の破片を叩き落としている。

 他人の血にまみれたジャケットを脱ぎ、眺めると「うん。芸術じゃな」と満足そうに呟いて、再び袖に腕を通した。


挿絵(By みてみん)


 尚巳もバッグのショルダーストラップを握り直し、泰騎の後をついて歩きだす。

 


◆◇◆




『潤ちゃんごめんー。何人かこっちから逃げたー。多分ふたり。それから、こっちは十人始末したけんなー』


 イヤホンから聞こえてきた声に、潤は「そうか」と短く応えた。


 潤と凌の居る建物は二階建てで、重要だと(おぼ)しい人物は居ない。

 静かになった建物内を歩きながら、人数を確認する。

 四肢が飛散しているというのに、血痕は殆ど飛び散ってはいない。


「一階に四人、二階に四人の計八人ですね。一般人は紛れていません。送られてきた資料と、刺青の模様も一致しています」


 鞘に収めた脇差しを左手に持ち、凌が潤へ歩み寄る。


「中国マフィアは身分証代わりに刺青があって分かり易いですね」

「体が一部失くなっても、人物を特定出来るようになっているからな」


 潤も、凌と同様に刀を持っている。

 太刀だ。

ら鞘に収められたそれを、静かに刀袋へ滑らせた。

 あと二人残っているのに――と、凌が不思議に思っていると、それに気付いた潤が「あぁ」と漏らした。


「一応ここで待機するが、泰騎から逃げるだけの勘の良さがあるなら、同じように襲撃されたこちらの事務所には逃げて来ないだろう」


「あー……それもそうですね。それに、泰騎先輩が獲物を逃すなんて、有り得ませんもんね」


 凌は納得し、左手首の時計を見た。時刻は三時半を過ぎたところだった。




◆◇◆




 先程の拠点から離れ、泰騎と尚巳は裏路地を進んでいた。

 泰騎が先行し、少し離れて尚巳が続いている。

 尚巳の抱えていた散弾銃は、今はメッセンジャーバッグに収まっていた。


 拳銃はバッグの影に隠して腰に下げている。


 ――と、ある店の前で泰騎が足を止めた。


「おっじゃましまー」


 日本語で簡単な挨拶をしながら、躊躇なく店内へと入っていく。


 狭いバーだ。まだ外は明るいというのに、カウンターには二人客がいた。

 店主らしき大柄の男が、怪訝そうに泰騎に詰め寄ってきた。

 中国語で「日本人が何の用だ」と言っているが。

 泰騎は中国語が分からないフリをして、奥へ進む。


 店主が泰騎の前へ回ろうと体を捻った――その時、外で尚巳が悲鳴を上げた。


非常(大変だ)! 在店头垃圾(店先でゴミが)着火(燃えて)(るぞ)!」


 それを聞いた店主と客は表へ走り出た。


 店の横に置かれていたゴミの山から、真っ赤な炎と真っ黒い煙が立ち上っている。

 火を着けたのは、言わずもがな尚巳だが――

 今度は店主が悲鳴を上げた。


 外では「早く消せ」「水だ!」等と、怒鳴り声が響く。

 その声を背中で聞きながら泰騎はカウンター裏へと回った。

 ゴーグルを顔へ掛けながら、簡単な扉で隠されていた階段から地下へと降りていく。


 細い階段を少し降りると、拓けた場所が見えた。

 木箱やドラム缶が乱雑に置かれていて、奥に少しトンネルのような道ができかけている。

 が、すぐに行き止まりだ。


(ふぅん……事務所と地下で繋げる気じゃったんかな?)


 泰騎が階段から降りようとした所へ銃弾が撃ち込まれた。

 開けた空間に銃声が響く。


 ゴーグルに内蔵されている赤外線暗視装置は起動させずに、奥の空間を見つめる。


 全て見えてしまっては、楽しくない。


(うーん、壁に音が弾かれて場所がよう判らんなー……)


 銃声から相手の位置を特定しようとするが、それが難しいと悟ると、泰騎は高く積まれた木箱へ跳び乗った。


 標的が現れたことで、銃弾が集中する。

 弾の飛んできた方向から相手の位置を割り出し、泰騎は硝煙の立ち篭める中を移動した。


 ドラム缶の影に隠れていた人物を捕捉、次の瞬間には首の動脈を切り裂いた。

 刺青や身に着けた装飾などを見ると、こっちがボスだったらしい。


 ボスが床に倒れると、再び銃弾が飛んできた。

 生きている方が組織のナンバー2らしい。


「ふぅん。ボスじゃのうて、あっちが勘の冴える方か。ボスの盾にならんかったトコ見ると、元々裏切る気満々じゃったんかな」


 泰騎はひとりごちると、ナイフを持ち直して人影に投げつけた。

 完全な反射運動たっだ。


「あ」と声を漏らしたのは、泰騎だ。


 パンッと銃声がひとつ弾け、ドサリと音がする。


「あーあ、投げてしもうた。飛び道具は使わんつもりじゃたのになぁー……」


 倒れた相手の額からナイフを抜きながら、泰騎が嘆息した。


「裏切るとか、そういう性根が曲がったの見るとついつい手が勝手に動いて駄目じゃなぁー」


 銃の引き金を引いた状態で倒れている相手を足で転がし、生死の確認をする。

 心臓がまだ動いていたので、ひと刺し。


 泰騎は出入り口に目を向けた。


 丁度、外のゴタゴタを抜けた尚巳が到着したところだった。




◇◆◇





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