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プロローグ:成山拓人の場合

  


 森――のような山。

 巨大な樹木が生い茂っているので、地上まで届く太陽光は僅かなものだ。


 葉と葉の隙間から差し込む光りに、金色が反射した。

 その金色は、獣が作ったであろう草木の反り返っている“道”を進んでいる。


 背の高い草の葉が頬を掠めると、赤い筋が出来た。

 それと同時に聞こえる舌打ち。


「破傷風になって死ぬとか、マジ死んでも死にきれねー。クソが。っつーか、この世が死ね」


 蜂蜜のような金髪。

 左の耳たぶには、赤い丸い石のはめ込まれたピアスが刺さっている。

 琥珀色の瞳は、この世の全てを怨んでいるかのように光りを吸収していた。


 少年はたいそう整った顔をしてはいるものの、汚れや擦り傷にまみれている。

 何より、彼の体からどす黒い威圧感が放たれている所為もあって、動物どころか虫すら彼に近付かない。


「くっそ。マジあいつら殺してやる。いつか絶対(ぜってー)殺してやる」


 毒のような言葉を落ち葉に向かって吐きながら前へ進む少年に、話し掛ける声があった。


『坊や、随分苛立ってる様子だけど、どうしたの?』


 地を震わす低い声。

 それは波紋のようでもあり、山彦のようでもあった。


 声の主は見えない。


 少年は足を止めず、怒りの感情しか感じられない声で応えた。


「っせー。ぶっ殺すぞクソが」


 沈黙。

 

 少年が草木を掻き分け、足で落ち葉や野草を踏む音だけがその場に響いて、少し。


『ねぇちょっと! 坊や! アタシの声が聞こえるの!?』


 急に耳に大声が貫通し、少年はひとつ、大きく地面を踏んだ。


「聞こえてなかったら返事するかよ。ふざけてんのか。殺すぞ」


 姿の見えないバリトンボイスは、怒り心頭な少年とは真逆で楽しそうに笑った。


『あっはっはっ! いいわぁー! 顔もアタシの好みだし、アタシ、貴方の事もっと知りたいわぁー!』

「オレぁ別に、てめぇの事なんか知りたかねーし」


 鬱陶しいなら無視すればよいものを、律儀に返事をする少年。

 そんな少年の足元の枯れ葉が振動を始め、地面がせり上がり、白い何かが覗いた。


 本来ならば、筋肉がなければ動くはずのないもの。

 大抵の人間ならば、暗がりで見れば恐怖するもの。


()んなら始めから出てこいよ」

『あらぁー、もっと驚いてくれると思ったのにぃー』

「こちとら、えげつねぇ変死体を見る機会が多いもんでな。この程度じゃ驚かねぇよ」

『あらまぁ。まだ若いのにねぇ』


 白いソレは、哀れみを帯びた息を吐いた。


『ところで坊やは、何でこんな所に居るの? 迷子かしら?』

「親父に閉じ込められたんだよ。あんのクソ……人の皮を被った電磁野郎」


 居ない相手に悪態を尽く少年。

 白いソレは、興味深そうに『そうなの』と頷く。

 そして、またしても楽しそうに笑った。


『アタシ、山を下りるわ。貴方について!』

「は? 誰が許可したんだよ」

『許可なんて要らないわよ。アタシが憑くって言ったら、憑くんだから』


 白いソレは少年と向かい合う形で、本来ならば出来るはずのないウインクを飛ばす。


『むふふ。ところでご主人様、お名前は?』


 “こういう存在”は、一度言い出したら反対しても無駄だということを、少年は知っている。

 良縁か悪縁かは分からないが、これも何かの縁だろう。少年は渋々と、米神を押さえて言った。


成山拓人(なりやまたくと)

『そう。イイお名前だわ。アタシは十二天将の天空ちゃんよ。よろしくね、ご主人様!』


 相変わらず地響きのする低音で、白いソレは拓人と握手を交わした。


 握手は、自分の氣と相手の氣を循環させる、手っ取り早い作法のひとつでもある。

 ただし、生きた人間同士で行うと相手の悪い氣を取り入れてしまう事が大半なので、拓人は普段、あまり握手をしない。


『契約成立ね。ところでご主人様、どのくらいここに居るの?』

「拓人でいい。どのくらいとか、オレが知るかよ。取り敢えず、雨風しのげる場所を探してだな――」


 この後一か月、山全体に張り巡らされていた結界が解けるまで、一人と一柱は山中での生活を余儀なくされた。



 

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