表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第五章『秘密』
197/280

第四十三話『人間ではなくなったヒトと人間離れした人間』―4

◇◆◇◆




 天馬邸では、光に言われた通り帰宅した深叉冴が、腕を組んで仁王立ちしている翔に睨まれていた。翔の肩には寒太がとまっている。


「父さん、ちょっと話があるんだけど」


 今にも殴り掛かりそうなオーラを背後に、翔は深叉冴の前から動かない。

 倫と潤は食卓で向かい合ってほうじ茶を啜っている。倫は笑いを堪えきれずに口元を震わせているのだが、潤は自分がここに居てもいいものかと気まずさを感じていた。倫が小声で、一緒に見ときましょうよ、と言うので席を外さず座っている。


 深叉冴は何故翔が怒っているのか訳が分からず、たじたじしていた。


「えぇっと、翔? 儂は光君から言付かった内容を伝え――」

「うん。光が無事なのは俺も嬉しいけど、先にはっきりさせたい事があるんだよね」

「はっきり……?」

「俺に、隠し事してるでしょ」


 深叉冴は翔とそっくりな顔で神妙な顔をしている。

 実は……、と。翔のおやつを勝手に食べただとか、翔の部屋へ勝手に入っただとか、翔の服を勝手に着ただとか……そんな事で怒られているのかと思い色々告白していくが、翔の眉間の皺が深くなるだけだった。

 見当違いだったようだ。


 翔は翔で、どう言えば通じるのかと、良い言葉が思いつかず、苛々している。


『いや、普通に「百舌鳥に入ってる分の俺を元に戻せ」でいいんじゃね?』


 百舌鳥ほんにんがアドバイスを送る。


「でも、それじゃ寒太はどうなるの?」

『この体は元々、とっくに死んでんだから今更だろ。そんで、俺とお前が元に戻るだけだ』


 寒太は呆れ気味に言った。

 深叉冴は寒太の言葉が分からないので、きょとんとしている。そんな様子に、翔が唸りながら頭を掻いた。


「父さん……。俺は俺で、寒太も俺なんでしょ?」


 深叉冴が目をしばたたせる。

 数秒の間を挟んで、


「……いつ、気付いた?」

「んー……生まれた時の夢、は……たまに見てたんだ。起きたら内容を殆ど忘れてたけど。今日は、はっきり覚えてた。おかしいなって、思った。俺って、かなり昔の事はぼんやりとだけど覚えてるのに、五歳くらいからの事ってあまり覚えてないから」


 五歳。母親が死んだ頃。そこからの記憶が曖昧で、物忘れが酷くなったのもこの頃から。代わりに、その頃から傍に居る寒太は昔の事もよく覚えている。

 翔は寒太に関して、長生きをしているから記憶力も優れているのだと思って、特に気にする事もなかった。


 寒太は特別。

 そう思って過ごしていた。


 確かに、寒太は特別だった。


「寒太が、俺の分けられた精神を持ってた……なんて、気付けたのは奇跡かなって思う」


 翔は肩に乗っている寒太と交視する。寒太は小さくて丸いつぶらな瞳を、翔から深叉冴へ移した。

 翔も同じように深叉冴を見る。


 深叉冴は俯き、癖のある黒髪と肩を震わせていた。その様子から意図や感情が分からず、翔は眉根を寄せて深叉冴の発言を待った。


 がばっと顔を上げた深叉冴の目からは、滝のように涙が流れ落ちている。


「すごいぞ翔! その事に自ら気付くとは! お前は天才だな! いや、神だな、神!」

「……まぁ、俺は神様みたいなものだけど……」


 なんか違う気がする、と翔は少し引き気味だが、こんな深叉冴には慣れっこなので寒太は微動だにしない。


 ダバダバと涙の滝を出し尽くし、深叉冴はふぅと息を吐いて軽くかぶりを振った。


「正確には“感情を分けようとした”のだがな。元々気性の荒かった翔だが、つぐみが死んだ時、ついに手がつけられなくなってな。怒りの感情だけどこかへ移せないものかと思い……言い方は悪いが、手頃な亡骸が庭に……」


 それが、寒太だった。


「儂は元々、人外の魂を扱うのが専門だからな。感情のみを分けることは出来ず、結果的に精神――魂を二分する事となった。そして、寒太に移した方は朱雀を多く受け継いだ部分だったのだろうな」

「だから俺と寒太は性格も違うんだね。寒太、喧嘩っぱやいもんね」

『そりゃお前もだろ』


 間髪入れず言われ、翔は首を傾げる。


「えぇ……? じゃあ、寒太が戻ってきたらどうなるの?」


 余程短気で、かなり怒りっぽかったのか。だとしたら、周りの人間はかなり苦労して自分を育てたんだろう。翔がそんな事を考えていると、深叉冴がひとつ手を叩いた。


「翔が突然爆発を起こしても、今は潤君が居るから大丈夫であろう」


 いきなり自分の名前が飛び出し、潤が噎せ込んだ。


「それもそうだね」


 何故か教え子まで安心した顔を向けてくるが、潤は頷きもせずほうじ茶に口をつけた。

 倫は口元を押さえて肩を震わせ、笑っている。


「うむうむ。翔も世間に出て久しいし、頃合いであろう」


 深叉冴が袖をたくしあげる。手を離すとストンと元に戻ったが、本人は気にせず翔と寒太に手のひらを向けた。


「それでは、翔を元に戻すとするか」


 深叉冴の表情はどこか明るい。


「ふふふ。この姿の儂にも昔のように『父さん大好き』と抱きついてくれるやもしれぬしな!」


 期待値MAXの深叉冴を余所に、翔と寒太は、うんともすんとも言わない。


 それはもう、ただの“別人”だろうな。

 翔と寒太は同時に思った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ