第四十三話『人間ではなくなったヒトと人間離れした人間』―3
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成山秀貴。拓人の父親であり、現在は《自化会》の副会長兼パトロン。
自身が強磁性体。電気を纏うだけでなく、電磁波や電流などを発生させる事が出来る。自身の電極変更も可能で、地磁気を利用して地面に足をつかずに移動する事も出来る。対象人物の生体電気と自分の電気を使って、体調不良を改善する事も可能。
世界中のセレブリティや富豪から依頼を受けて、病気の治療などを行っている。
そんな人間離れをしている能力持ちの秀貴だが、分類としては只の人間である。遺伝子操作をされたわけでも、式神と契約をしているわけでもない。
彼の能力は、完全に彼の体質。良いこともあれば、悪いこともある。本人にとっては、後者の方が多いだろう。
飛行機を落としかけたこともあるし、仕事ではなく事故で人を殺めたこともある。臣弥と雅弥の行った“花いちもんめ”にしても、間接的だが秀貴が原因で大勢死んでいる。
元々、《自化会》と《P・Co》の設立前に双方から勧誘を受けていた秀貴だったが、妻である彩花が深叉冴の妻と友人関係にあったので《自化会》側についた。
あくまで金銭面での支援者として。
当時は肩書きもなく、只の“設立時に居た人物”だった。仕事も《自化会》としてではなく、個人的に請け負い、この頃は国内を中心に活動していた。
つまり、フリーランス。仕事内容にもよるが、頼まれればどこへでも行く。勿論、《P・Co》からの依頼も例外ではない。結局彼は、《自化会》に籍を起きながら中立の立場で居続けた。
それを面白く思わなかったのが、《P・Co》の雅弥だ。雅弥と、深叉冴の兄である謙冴と秀貴は高校の同級生で、付き合いも長い。
秀貴は当然自分の元へ来るものだと思っていた雅弥は、失恋した女子の如く落ち込んだ。そして、実弟の臣弥を目の敵にするようになった。
約十年間、小さないざこざを挟みつつ時が流れた。それでも秀貴は、時に危険な実験を繰り返す臣弥を放置すれば何が起きるか分かったものではないと雅弥に言って聞かせた。
ある時、雅弥が「僕 (の会社)とあいつ (の組織)と、どっちが本命なの!?」と詰め寄った。秀貴が酷く曖昧な返事をした事で事態は悪化。
実のところ、この頃雅弥は秀貴に潤の指導を依頼していたのだが、それに関してはきっぱりと断られている。
一方、雅弥が事ある毎に秀貴を引き抜こうとするものだから、臣弥も黙っていなかった。
かくして……渦中の人物の気持ちは完全無視で、秀貴を中心とした綱引き――否、組織同士の総力戦ともいえる、“花いちもんめ”が始まったわけだ。
しかも、それは当の本人が海外へ仕事へ行っている短期間に行われた。帰国した秀貴はあまりの惨劇に愕然と言葉を失くし、争いの理由を聞いて呆れ果てた。
秀貴は中立の立場を貫いているが、自分は《自化会》の人間だと雅弥に言い続けていたので、それに関して血で血を洗うような抗争が起きるとは思ってもみなかった。
被害の大きさに閉口するしかなく、かといって黙ってばかりもいられないので、双子のような兄弟を並んで座らせて説教した。
その後、被害の大きさに一人落ち込んだ事は極一部の人間しか知らない事実である。
“総力戦”といっても、深叉冴の周り数人と謙冴の周り数人は不参加で、秀貴は「何でお前ら止めなかったんだ」と訊いたが二人揃って「止めて聞くならこんな事にはなっていない」と答えている。
勝敗でいえば《P・Co》の圧勝ではあったが、結果的に秀貴は人員の削れまくった《自化会》に引き続き所属する事にし、その流れで無理矢理副会長にされた。これには深叉冴もノリノリだった。
と、いうわけで。今でも秀貴は間男……ではなく、《自化会》に籍を置きながら中立で居続けている。
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「某ロボットアニメの言葉を借りるなら、“黒歴史”が多そうじゃな。師匠って」
灰色頭は遠くに見える民家を眺めながら呟いた。築百年は越えているであろう大きな平屋に、灯りがポツリポツリと点っている。
成山邸だ。
「まぁ、人付き合いは苦手っぽいですね」
「師匠、もっと笑やぁもっとモテるのになぁ」
勿体ねぇ。と泰騎は惜しんでいる。
拓人は苦笑した。
「親父の笑った顔なんて、息子のオレでもそんなに記憶にないですよ」
いっつも眉間に皺寄せて。と拓人が秀貴の顔真似をする。
泰騎は「やっぱ親子じゃな。似とるわ」と思ったが口には出さなかった。
「今更じゃけど、ここ、こんなにしてしもうたけどええん?」
視線を山へと戻す。
「大丈夫です。コレ、ウチの山なんで。あと、植物以外は戻してもらうんで」
言ったと同時に、目の前の地面が盛り上がり、白い何かが出てきた。丸みを帯びたそれは徐々に地上へ出てきて――、
『うらめしやぁ~。なんちゃって!』
バリトンボイスの白骨死体――のような式神、十二天将の天空が現れた。
『ここは拓人のヤンチャが過ぎた時に、閉じ込められていた山でもあるのよ~』
「もーいいっつの。オレの黒歴史晒すな。山直せ、山!」
『や~ん! 拓人こわぁ~い! でもアタシはあの頃の拓人、ビリビリしてて好――』
「うっせー! 早く行けって!」
きゃー! と背を向け消える骸骨に「ったく」と嘆息すると、拓人は泰騎に頭を下げた。
「なんか、すみません」
「え、何で謝るん? なんか、式神サンって面白ぇヤツ多いんじゃな。凌んトコの天后もあんな感じじゃわ」
消えた筈の天空が、どこからともなくボンッと現れた。興奮気味に泰騎に顔を寄せる。
『天后ちゃんとは旧知の仲で――』
「もーいいっつっただろ。仕事してくれ」
ハエのように手で払われ、天空はしょんぼりと再び山へ消えた。かと思うと、抉れた地面や岩が数時間前と同じ状態へ戻っていく。
土が肥えたからか、心なしか植物たちも元気になった。
「へぇー。式神サンってやっぱすげーな。コレは師匠にゃ出来んじゃろ」
「土壌中の磁性粒子は動かせるので、地面を均すくらいなら親父でも出来ると思いますけど……、そうですね。この山だと強磁性鉱物もそんなにありませんし、天空じゃないと元には戻せないですね。つってもあいつ、本気出したら地球の磁場そのものを動かす事も出来るんですよ」
「ほんまに? すげーな。もしかして、最近増えてきたっちゅー地磁気逆転現象って、師匠の所為なん?」
「さぁ。そこまでは……」
人間個人の手に負える問題ではないので、そっと蓋をする。
二人の腹が同時に空腹を訴えた。
「泰騎さん、晩飯食っていってください」
「ええん? なら、よばれるわ」
「何なら泊まってってください。こんな時間に呼び出したのはオレですし。部屋だけは有り余ってるんで」
明日は日曜日。
疲れから、東京まで戻るのが億劫になっていた泰騎には嬉しい申し出だった。
「んじゃ、お言葉に甘えよかな。もー疲れた」
「ありがとうございます。じゃあ、まずは帰って風呂に入りましょうか」
コーラの入っていたペットボトルを空にすると拓人は軽い足取りで坂を下った。
(あー良かった。ぶっちゃけ親父と居ると間がもたねーから、泰騎さんが居てくれると助かるわ)
父子間の誤解は解けたものの、話したいことは話し合ったし、話題も特にないので困っていた。
家には朱莉も居るが、朱莉も口数が多い方ではない。しかも、拓人は朱莉に嫌われている。なので、気まずくて仕方がなかったのだ。
(やりてー事やったし。明日は翔んトコ行くか。光さんの事も気になるしなー)
山から出ると、とっくに稲刈りの終わった田んぼの上に月が出ていた。街灯が少ないので、星もよく見える。民家の灯りがポツポツあるが、その数は片手で足りるほどだ。
二人は月と星に照らされた道を歩き、カレーらしき匂いが漂っている平屋へ向かった。
 




