第四十一話『さいかい』―5
「何か期待しているみたいだけれど……アタシと深叉冴さんの間に不純な何かは存在しないわ……」
年頃の男子の思考など知らぬ存ぜぬ理解せぬ――そんな光。光の脳裏に“昔の西洋の魔女”の様子が浮かんで消えた。とある薬を体に塗り、飛んでいたという集団。
(あんな連中が居たから、魔女のイメージが……いや、アタシも正確には魔女とは違うんだけど……でも、現代のカテゴリじゃ魔女なのよね。複雑だわ)
「契約を結ぶ相手にもよるんでしょうけど、アタシは体の関係を求めてくる相手とは契約しないわ。アタシの契約方法は、あくまで話し合いよ。相手と意思の疎通が出来る場合に限るけどね」
この場に居る者がどれだけ光の話を理解しているかといえば、きっと誰も理解はしていないだろう、光にとって、理解されるかどうかはこの際、重要ではない。
「アタシは、この世のものじゃないものを扱うから魔女って部類にいるけど、闇じゃなくて光。闇の中に居る人を導く者。アタシは人間を殺さない。魂は常にアタシたちと共にあるけれど、悪はこの世に降ろさない」
講釈を垂れる光だが、ユウヤは黙って聞いている。
ユウヤはバカだが頭は悪くない。抽象的な光の言葉を、自分なりに解釈、理解しようとしているのだろう。
「つまり――」
ユウヤが光と答え合わせをしようと口を開いた時、パリンッと廊下の窓が割れ、突風が流れ込んできた。
「きゃっ」
「うわ!?」
ガラスの破片が廊下に散らばる。
突然の事で、皆、自分の頭部を守り、動きを止めて、目を瞑るのがやっとだった。
もう一度風が巻き起こり、それが収まってユウヤたちが目を開けた時……、光の姿は忽然と消えていた。
夜空に金髪美少女が浮いている。
幸い、それに気付いた者は居なかった。
光は、空気にちょこんと座る形で、空に浮いている。
「ちょっと! 人さらいはもうこりごりよ! アタシはあそこに居なくちゃいけないの! おろしてってば!」
平手でペチペチと空気を叩く。しかし、手応えは確実にあった。
「疾風丸の欠点は、疾風丸と俺様しか隠密モードに出来ない事なんだぜ」
やれやれ、と。光とは真逆の温度差を感じさせる声がした。
光の眼前には、兄の顔が首から上だけ現れている。生首が宙に浮いている状態だ。勿論、疾風丸を含めて体が隠密モードなだけである。
自分によく似た顔を、光はじろりと睨む。だが、兄は全く気にしない。
「可愛い可愛い妹が無事で、俺様は嬉しッぶべっ!」
光の白い手が、兄である輝の横っ面を殴打した。
「何であんな事したの!? あそこには透視能力を持った人も居たの! 危ないでしょ!?」
怒れる妹に、輝が目に涙を浮かべて震えている。
「光が……俺様の心配をしてくれている……!」
「ちがう! もう! ばか! お兄ちゃんのばか!!」
実際には違わないのだが、光も光で輝の能天気さを怒らずにはいられない状態になっていた。
二人とも、別のベクトルで頑固だ。
だが、大きく息を吸って、吐いている内に冷静さを取り戻した。
輝は未だにニヤケ面をしているが、いつもの事だ、と光は自分に言い聞かせ、輝の肩があるであろう位置に手を置いた。真正面から兄を見ると、同じアクアマリン色をした瞳と視線がかち合う。
「あそこに居たユウヤって子が、おじ様とおば様を殺した張本人なの。復讐する気はないけれど、野放しにしていたらもっとたくさんの被害が出るわ」
輝は二度瞬きをした。
「という事はアレか。キメラを作っているガキというのは、あの場に居るのか」
輝の顔が、見る見る笑顔に戻っていく。新しいおもちゃを与えられた子どものような――そんな顔。
「それならば、俺様が付き添って見てやろう! 戻るぞ、光!」
嬉々として《天神と虎》のアジトへUターンをする輝。
光の脳裏にユウヤの無邪気とも言える笑顔が浮かび、次に、“混ぜるな危険”という大きな文字が派手に点滅した。




