第四十一話『さいかい』―2
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「主殿の気配が分かるようになったぞ。輝君」
寒太の言った通り深叉冴――翔の父親――は、光の兄である輝と共に福岡に居た。
翔にそっくりな顔をした黒髪の少年。赤い瞳に頭のてっぺんから伸びているひとつの毛束。身長は低すぎず、かといって高くもない。それが、今の深叉冴の姿だ。
輝も黒髪だが、瞳の色は光と同じく空や海を思わせるような澄んだ青をしている。
そんな二人は、ラーメン店で白濁色をしたスープのラーメンを目の前にしていた。
超がつくほどの美形男子と、ちんちくりんだが珍しい赤い瞳のコンビとあって、少なからず注目を集めている。深叉冴の装いが黒装束だというのも、注目されるのに一役買っているのかもしれない。
深叉冴は洋服も着るが、和装の時は襟を左前にして着る。着物の左前襟は死装束。深叉冴は死んでいるので、つまりそういうことだ。
体はマネキンのようなもので、質感は人体に限りなく近く再現されている。食べたものがどこに消えるのかは、深叉冴も知らない。大方、そのまま動力源となっているのだろう。
「そうか。急いでラーメンを平らげ、そこへ向かうとしよう! しかし、俺様は“湯気通し”という硬さにしたんだが……これは茹でられているのか?」
バリカタよりハリガネより粉落としより硬い茹で方――湯気通し。湯気を当てるだけの場合もあるので、果たして“茹で方”と言えるのか怪しいものだが、数秒湯にくぐらせる店もある。
「兄上、やたら通な注文をするなと見ておったが、よもや知らずに頼んでおったとは……」
深叉冴は呆れたようにも感心するようにも受け取れる反応をすると、バリカタの麺を、ずぞぞと吸い上げた。
「うむ。この、こってりとしたとんこつスープに味噌を加える事でコクと更に深みも増し、とても美味いな!」
トッピングのキクラゲをコリコリいわせながら、深叉冴はご満悦だ。
一方、輝はスープに麺を置いていたので、今から食べ始めるところである。
「深叉冴。この赤いのは何だ?」
「輝君、これは紅しょうがだ」
輝の背後に雷が落ちる。
「Bitte! 俺様、子どもの頃にベニショウガを食べたら、すっぱいのか苦いのか辛いのかよく分からないマズさに襲われたんだぜ!」
「兄上、飲食店の中で『不味い』はマズイぞ」
矛盾している事を言いつつ、深叉冴は紅しょうがを輝にすすめた。
「ラーメンと一緒に食べると美味いぞ?」
深叉冴は言いながら、レンゲを小さなラーメンどんぶりにした。少量のスープに麺をくるりと装い、その上に紅しょうがをちょこんと乗せてやる。輝は意を決した面持ちでそれを口へ入れた。
緊張気味だった輝の顔が、咀嚼を重ねる毎にほどけてふにゃりとなった。
「うまい」
「だろう」
したりと笑い、深叉冴は自分のラーメンを体内に収めていく。
輝も、まだ硬い麺をよく噛みながら食べた。
夕方になると冷えてくるが、熱いラーメンを食べたお陰で体がほかほかと温まった。輝はそんな心地よさに身を沈めると錯覚するような気持で、スープまで飲み干した。
そこでひと言。
「って、悠長にメシを食べている場合ではない! 行くぞ深叉冴!」
「いや、全部食べて器を空にしてから言われてもだな……」
「そして俺様は“円”を持っていない!」
「知っておるよ」
日本円を一切所持していない輝の食事代もホテル代も、深叉冴が払っているのだ。
深叉冴は着物の袖口から真っ赤な財布を出すと、伝票を持ってレジカウンターへ向かった。
店から出て、輝は薄い腹をポンと叩く。
「腹ごしらえも済んだ。で、俺様の美しくて可愛い妹はどこに居るんだ?」
深叉冴は山を指差す。
「あの辺りじゃな」
「めっちゃ近くじゃんか!!」
輝の渾身のツッコミは、小さな山彦を生んだ。




