第四十一話『さいかい』―1
両親の他にもうひとつ親となる存在が居て、それが俗にいう“神様”。その力も受け継いでいるから破格の強さ。
許嫁には、誰もが羨む美少女ってやつまで居る。
生い立ちも能力も、それなりのインパクトがある。漫画やアニメなら主人公を約束されたような性質を持っているのに、話の中心に居ない事が多い。
正直、見た目もパッとしない。目立つのは、濁ったような赤い瞳と頭の先から出てる触角だけ。
眠そうな目。癖のある茶髪。ギリギリ170センチに足りない身長。体重は軽めだけど、筋肉より脂肪が多い。
人混みに紛れたら、見付けるのはちょいと難しい。
頭も特にいいわけじゃない。というか、どちらかというと悪い。物事を覚えるのが苦手だ。そのくせ、どうでもいい変な事は何年経っても覚えてやがる。
ぶっちゃけ、立ち位置的には、モブもいいとこ。
理由は色々あると思う。正義感がないに等しいとか、積極的じゃないとか。あと、本人もボーっとしていることが多いけど、奴の存在自体がぼんやりしてるのが原因じゃねーかな?
つまり、主人公なのにモブ。それが、天馬翔という存在だ。
俺は寒太って名前を付けられた百舌鳥。雪の降る寒い日に生まれたらしい。だからか、珍しがって名前まで付けられた。
実のところ、本来ならもうとっくにこの世には居ない。百舌鳥の寿命は、長くても二年だ。死んでるハズなのに、死んでない。
いや、“寒太”は生まれて丸一年経った頃、雪の降る日に死んだ。あれは、とても賑やかな日だったように思う。これは“百舌鳥の寒太”の体だけど、実のところ俺は寒太じゃない。
俺は……
「寒太!」
馴染み深い声が、俺を呼んでる。珍しく焦ってるみたいだ。
息を切らせて、どうしたんだろうな?
俺はいつも通り応えてやる。
『どうしたんだ? 翔』
◇◆◇◆
翔は何かに撃たれたようにベッドから文字通り飛び起きると、寝起きの気怠さを感じる間もなく寝巻のまま走った。
翔は庭にある木に止まって空を眺めていた寒太を見付けると、声を張った。
「寒太!」
黒くてつぶらな瞳が、見下ろしてきた。
『どうしたんだ? 翔』
羽を広げて、落ちるようにして翔の目線の高さにある枝へ止まると、寒太は頭から伸びている触角を、みょんと揺らした。
翔は両膝に手を突いて、肩で息をしている。
走ってきたからか顔が紅潮し、息が途切れ途切れではあるが、翔は顔を上げて興奮気味に言った。
「俺、思い、出した……かも、しれないんだ……!」
一番肝心な部分をすっ飛ばしているので、寒太が首を捻る。
『何をだ?』
「お……れ……げほっげほ」
唾が気管に入ったのか、翔が急に噎せた。
寒太は、おい大丈夫かよ、と呆れている。
一頻り咳き込み、息を調え、翔は再度顔を上げた。
「俺、俺は……俺じゃなかった!」
『…………』
何を言っているんだこいつは、と少し思ったが、寒太は声には出さない。
「俺は、潤が言った“べつじん”なんだ!」
『はぁ。まぁ、ちょいと落ち着けって』
寒太はそう言って後ろを振り向くと、生きたミミズを咥えて翔に渡した。ピンク色で肉厚のそれを口へ招いた翔の顔が、みるみる綻んでいく。
一息つき、翔は木によじ登ると太い枝に座って深く息を吸った。寒太もその隣にちょこんと座る。
今日は土曜日だ。学校も休みで天気は晴れ。 合成生物の襲来があった学校も、明後日は通常通り授業があるらしい。きっと、全校生徒が体育館に集められて校長の話を聞かされるのだろう。
もう日が落ち、月が昇りかけている。真っ赤にも見える、大きな月だ。その明かりは、周りの小さな星の光りを消してしまうほどだった。
少々不気味だとも思える景色だが、翔は真っ赤な月をじっと見ている。きっと、何故ここまで走ってきたのか忘れ――、
「それでね、寒太! 俺、父さんに会わなきゃいけないと思うんだ」
忘れていなかった。
寒太は、そうだなぁ、と、楽しそうな嬉しそうな、翔にしか分からない声で頷く。
『まぁ、つっても親父は今、兄貴を追って福岡だろうけどな』
寒太の一言で、翔の興奮は、すんっと急降下した。




