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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第四章『味方の中の』
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第四十・五話『兄弟子と姉弟子』

 



 芹沢凌は元々、一般的な少年だった。

 髪は黒に近い焦げ茶色、瞳の色は茶色、切れ長の目に、細めの顎。顔面偏差値は上々。勉強もスポーツもそれなりに出来、女子人気はそこそこあった。

 学校へ行き、勉強や部活動をする、一般的な中学生男子。


 だった、のだが――。


 約四年の月日が経ち……、芹沢凌は、当時の友人が街ですれ違ってもまず気付かないだろう。というくらい変わっていた。




 製薬会社としても有名な複合企業 《P・Co》の社長に拾われたはいいが、真っ当な会社だと思いきや、そこは殺人も請け負う闇企業だったのだ。

 もちろん、一般人として育った凌はそんな恐ろしすぎる会社はノーセンキュー待ったなしだったわけだが、特撮ヒーローに憧れを持って育った凌……。『この会社の本懐は人助けだよ』社長のこの言葉に気持ちがグラッと揺らいだところを突かれ、気付いたら人を殺す為の技術を叩き込まれる訓練が始まっていた。


 こんな筈じゃなかったと思った。自分は悪人になりたいわけじゃない。こんな訓練まっぴら御免だと思った。しかし、“先生”は反論の隙も与えず、凌をしばき……しごき倒した。

 一般教養、営業技能訓練も始まり、てんやわんや。まさに、息つく間もなく一年が過ぎた。


 そして、“卒業”を言い渡される頃には全身の体毛から色素が抜け落ち、立派な総白髪――総白毛となっていたのである。



 と、いうわけで。現在の凌は、背中まで伸びた煌めく白髪、右目は前髪で隠れ、左耳には二連ピアスがチラチラ煌めいている。そんな風貌をしている。


「てっめぇこのやろ!! 潤先輩が困ってんだろ! 甘い菓子ばっか押し付けんじゃね――ッあべしっ!」


 そして今し方、ショートカットの黒髪少女に顔面をぶん殴られたところだ。イケメンだと持て囃される顔も、拳圧で歪んでいる。

 殴られた勢いのまま、ドンガラガッシャンと騒音を撒き散らしながら仕事用デスクに倒れ込んだ。




 これは、凌が翔に負けて断髪……否、散髪をする少し前の話。




「うるっさぁーい! 何度も言うけど、私は先輩! 何なのその口の利きかた!」


 黒髪少女はご立腹である。

 出雲恵未。凌の先輩になる。


「恵未ちゃん、多分今の凌ちゃんには聞こえてねぇと思うで」


 ファッション雑誌から顔を上げて苦笑しているのは、更に先輩となる二条泰騎。

 灰色の髪と瞳が特徴的な、少年に見える青年。成人しているが、夜の街で高校生に間違われ、よく補導されかける。

 少し目尻の上がった大きな眼が、彼を幼く見せているのだろう。


 さっき凌を昏倒させた恵未は恵未で、年齢は十八歳だが中学生に見られることがある。


 そして、黙って書類に目を通している人物は、やはり黙ったまま視線を上げる事なく紙にサインをしている。

 角度によってはピンク色に見える赤い瞳の美女……のような、男。髪はミルクティーのように色素が薄く、肌も生っ白い。これでもかという程整いまくっている顔。「このくらいのアクセントは必要だろ」とでも言いたげに左目には“人”のような傷痕があった。

 化粧をしていないのに、顔面がうるさい。


 長さと密度のあるまつ毛が上下すると、赤い瞳がやっと前を向いた。

 ごくん。と一度、喉に何かを通して、


「抹茶味のものは好きだ」


 ひと言だけそう言うと、まつ毛に覆われた赤い眼は下へ戻された。


「ラーソンの今週の新作スイーツ、抹茶マカロンがありました!」


 と、恵未は兄弟子である二条潤のデスクへコンビニスイーツである緑色のマカロン (二個セット)を置いた。


「って、潤先輩は今、お前に、クレープと餅入りどら焼きを食わされたばっかだろーが!」


 ガバッ! と起き上がり、口角泡飛ばさんばかりに叫ぶ凌の左頬に恵未の右ストレートがクリーンヒットした。

 「はまちっ!」とよくわからない声と共に、凌は右頬からデスクに沈む。


 泰騎は「はまちかー。寿司食いてーな」と呑気なものだ。

 この灰色青年、飄々としているが、凌と同じ先生の下で丸々四年も指導を受けていた強者だったりする。出来ない事は無いんじゃないかってくらい、何でも出来る。ただし、やりたくない事は極力やらない人物でもある。


 ずっと書類と睨めっこをしている潤も同様に、四年の指導を受けている。ただし、潤は社長とその秘書に言われた事は何でもやる。

 つい先日も、少々やらかしてしまった後輩を社長秘書に言われた通り厳重注意したところ、後輩たちから酷く恐がられた。

 表情の変化が乏しく、何を考えているのかも分かりにくい為、その他の後輩たちからも恐がられる傾向にある潤だが、凌も恵未も、付き合いの長い泰騎でさえ、潤が本気で怒ったところを見た事が無い。


 対して、気前の良さとカラカラした笑顔が特徴の泰騎は、後輩たちから人気がある。……のだが、凌も恵未も、泰騎が怒ると鬼より恐ろしい事を知っているので、彼とはある程度の距離を保っている。


 そして、先程から凌をサンドバッグにしているのが、ステータスを打撃技に極振りしたのではないかと言われている、凌の姉弟子。

 とにかく菓子を食いまくる。何なら、食事代わりに菓子を食う事がある。『食べ物で体が出来ている』という言葉は、彼女の耳をすり抜けて、留まらない。

 彼女の場合、打撃に極振りせざるを得なかった理由がある。


 彼女はとんでもなく、絶望的に、物の扱いが下手なのだ。


 飛び道具を使えば味方に当たり、刃物を使えば手からすっぽ抜けて味方に当たる。ハサミすらろくに使えない。究極の不器用。七月下旬が誕生日で自動車の普通免許の教習を受けているのだが、もう十月だというのにまだ免許を取れていない。

 道具を使うのはからっきしだが、自身を扱うのには長けていた。力加減には未だ難ありだが、一応、彼女もエリートの中の一人。勤務中に買い食いをしても、ある程度は目を瞑られる。


 だが、くそ真面目な凌にはそれが気に入らなくて、しょっちゅう二人は喧嘩をしている。

 その結果、凌は毎度ぶん殴られ、物理的に黙らされている。

 自他ともに認める、犬猿の仲。なので、喧嘩する事に対しては周りも何も言わない。


 因みに、勤務中だというのにファッション雑誌をパラパラ捲っている泰騎だが、ここは服飾系の事務所。つまり、彼は仕事をしているのだと言える。と、いうわけで凌は何も言わない。


 何となくへこんだ気のする左頬をおさえつつ、凌は溜め息を吐き出した。それと同時に、泰騎が手首にある時計を確認した。


「あー、もうすぐ定時か。ワシ、寿司の気分になったから寿司にしよ。何なら、寿司パーティーしようで!」

「時間は?」


 と訊く潤。


「自由参加で、十八時開始」


 泰騎は私用のスマホで出前の予約を完了させた。


「凌ちゃんと恵未ちゃんは他のみんなにお知らせよろしくな!」


 所長の突然の気紛れパーティー。

 よくある事だ。

 これが迷惑でしかない場合は反感を買うが、基本的に“自由参加”というのがこの事務所の形。不満を持っている者は居ない。

 希望すれば本社への異動も可能だが、誰も申し出ないというのは、そういう事だろう。


「オレ、この後飲み物の買い出しに行きますけど、潤先輩は何がいいですか?」


 いつも通り烏龍茶かな? と思いつつ、凌は手帳を出しながら訊いた。


「俺は用事があるから不参加だ」


 ピシィッ――ッ。


 場の空気が、凍り付いたように固まった。


「潤先輩が来ないなら、私もパス」


 恵未が右手を挙げて言った。


 凌がぎこちない動きで発案者を見る。

 灰色の人物はスマホを見たまま動かない。


(相方のスケジュールって共有じゃねーのか? あ、勤務時間外だからプライベート扱いなのか……)


 凌は無言で、所長の動向を伺う。すると、泰騎はジャケットの内ポケットから財布を取り出し、


「凌、ワシ、ウイスキーな。国産なら銘柄は何でもええわ。コレで全員分の飲みモン()うてきて」


 凌に一万円を渡し、泰騎はフラッと出て行った。行先はおそらく、紫頭が居る、広報部の作業室。


「泰騎先輩、お寿司パーティー中止にするかと思ったけど、やるのね」


 恵未が意外そうに言った。


「お前、早々に逃げたな?」


 凌は恨めしそうに言った。


「何の事? 私は潤先輩が居ないなら行きたくないだけよ」


(うん。恵未はこういう奴だ)


 自分に正直。素直。サバサバしている。


 凌は真面目だ。

 年齢も入社歴も下なので、当然、恵未に対しては敬語を使うべき立場にある。入社当時は凌も敬語だった。のだが、恵未の事務所での勤務態度が、あまりにもあんまりだったのでブチ切れ、殴り合いの大喧嘩をし (この時も負けた)、それ以降、凌は恵未に敬語を使わなくなった。

 周りも周りで「ケンカするほど何とやら」と言って、直接は口を出さないわけだ。


「ところで先輩。用事の内容って訊いても良いヤツですか?」


 まだ定時を報せるチャイムが鳴っていないのに帰る支度をしながら、恵未は潤に訊ねた。


「研究室に呼ばれているから、行ってくる」


 聞かなきゃよかった! と恵未が声ではなく顔面で叫んでいる。


 闇企業の中で最も黒いとされる地下研究室。《P・Co》でも、真っ白な事と真っ黒な事を行っている。


「ネット販売のみ取り扱っている美容系医薬部外品の売れ行きが好調らしくてな。追加で作る分の原料が必要だとかで……」


 潤はさらりと言って退けたが、と、いうことは、つまり……、


「原料って……」


 凌と恵未の声が重なった。

 潤は頭上にハテナマークを浮かせて、


「俺の血液を乳化させて、更に薄めたものが含まれるらしい」

「あー……母乳も、赤血球が排除された血液ですもんね」

「えっ! 赤ちゃんが飲んでるおっぱいって、血なの!?」


 恵未が驚愕する。


「そーだよ。何だと思ってたんだよ」

「牛乳!」

「いや、『牛』っておかしいだろ」


 半眼で凌がツッコミを入れたと同時に、定時のチャイムが鳴った。


「泰騎に呑みすぎるなと伝えておいてくれ。お疲れ様」


 そう言って、潤は退室した。


 しん、と少しの静寂を挟んで、


「じゃ、私も帰るわ。おつかれさまー」


 ちゃっ! と敬礼のポーズを真似て、恵未が去った。


 ポツンと残った凌はポツリと、


「寿司パーティーの連絡したら、飲みもの買いに行こ……」


 呟き、泰騎から渡された一万円札を財布へ入れつつ、出て行った。




 寿司パーティー不参加者続出の中、灰色と紫色の酔っぱらい二人に絡まれる未来が待っている事など、今の凌は知る由もない。

 

時系列的には、中国から帰った~家庭教師の話がある間です。多分。(曖昧……)

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[良い点] 私の中のいつめんがそろってほっこり(*´∇`*)
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