第三十九話『金の人』―4
ミコトが、あからさまに表情を歪める。
「…………魔女?」
「そう。アタシは……」
光の声に被さる形で、カララッと音楽室の扉が開き、ユウヤが顔を覗かせた。
「ミコトねーちゃん、終わったか?」
「あ、ユウ君。うん。特に何も持ってなさそう」
「ならいーや」
ユウヤは後ろに居るらしいイツキに、中へ入るように促しつつ、自分も再入室してきた。
「ねぇ、ユウ君。こいつ、自分の事魔女とかぬかしてるんだけど。頭おかしーんじゃない?」
ミコトは光に蔑みの目を向ける。その視線を感じながら、光は小さく嘆息した。
しかし、ユウヤがあっけらかんと「そーそー。魔女なんだ」と言うものなので、ミコトの、肩に掛かっている方の肩紐もずり落ちた。
光は、ユウヤが自分の事をどれだけ把握しているのかという関心もあり、聞き手に回る。
「このねーちゃんは、降霊術とか出来るらしーんだ! しかも、このねーちゃんに所縁のある家がドイツにあって、妖精の本とか魔法か魔術かっていう本も結構あったんだぜ!」
ユウヤは両手を目一杯広げて説明した。瞳をキラキラと輝かせている様子は、夢を語る子どもの様でもある。
光の中では仮定が確信に変わった瞬間でもあった。自分の伯父と伯母を殺した張本人が、目の前に居る。罪の無い人を二人――いや、この様子だと、犠牲者はもっといるのかもしれない――殺しておいて、平然と笑っている。
怒りと言うより呆れが勝っている自分の感情にも、光は驚いた。
困ったことに、人を殺しておいて平然と日常を送っている連中は、光の周りにも多々居るのだ。その最たる者が、婚約者である翔という事もあり、光は何も言えない。
(“ダークヒーロー”って言えば聞こえはいいけど、結局のところ、人殺しは人殺しなのよね……)
光は気付かれないように溜め息を吐いた。
人を殺すことは悪いこと。そんな事は子どもでも知っている。ただ、法で裁けない悪人が居るのも事実であり、それを裁いているのが翔たち。そして、翔たちも“法で裁けない”部類の人間であることも紛れもない事実。
(正義なんて、人によって変わるもの……だもの)
だから、喧嘩や抗争やテロや戦争が起きる。
そして、犠牲になるのはいつも弱い者。立場であったり、力であったり、頭脳であったり、運であったり。弱い者から死んでいく。
(力がないから、壁の中に閉じ込められる)
負の歴史を思い出したところで、光は内心自嘲した。
(……なんて、人殺しに関してはアタシも共犯みたいなものかしら)
表情には出さず、思考を目の前にやる。血液や肉体の一部がこびりついている室内。
正義の味方を謳う少年は、その中でケラケラと笑っている。
「ところで、ユウヤ君……って呼ばせて貰ってもいいかしら。貴方は、何故アタシをここへ連れて来させたのかしら?」
光の質問に、ユウヤは両手を広げてその場でぐるりと回って見せた。
「見ての通り、キメラ造りが難航してんだ。だから、ねーちゃんの力を借りようと思ってな!」
「そうなの。もし、断ったらアタシも雑巾みたいに絞られるのかしら?」
「そうだな! 秘密の組織の事を知った以上、帰すわけにはいかねーからな!」
「そう……。なら、協力しようかしら」
光の返事に、ユウヤは手を叩いて歓喜した。
「そうと決まれば、今日は歓迎会だな!」
「…………え?」
ユウヤ以外、きょとんとして固まった。しかし、ユウヤは気に留めない。スマホを取り出して誰かと連絡を取り始めた。陽気に話し、「今晩はパーティーだ!」と言って通話を切ったかと思うと、今度は違う誰かへ電話を掛ける。
ミコトは納得のいかない表情をイツキへ寄せた。イツキは苦笑している。ユウヤの思い付きと強行には慣れている……という表情。
ミコトも、やれやれ、といった感じに肩の力を抜いてイツキに向かって苦笑を返す。
光は光で、自分はもしかしたら人質というポジションになるのではないかと、内心、気が気ではなかったが――、
(まぁ、この様子なら、もう少し状況を見ようかしら)
と、こちらも少し、脱力した。
ただ、血肉の腐敗した臭いに少しだけ慣れてきた事に対しては、あまり認めたくなかった。
 




