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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第四章『味方の中の』
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第三十九話『金の人』―3

 



 宙に浮いた状態で絞られた体。

 鮮血が飛散し、捻れた体からは骨が飛び出し、血に混じって破れた臓器らしきものもボタボタと落ちている。


 光は目の前の光景に、思わず両手で口を押さえた。人の死に直面したことは過去にもあるが、こんな悲惨で惨い状態は初めて目にする。

 胃の奥から込み上げるものを何とか抑え込み、赤い肉塊と化したシンジを見た。どこに力が加えられたのか分からない、捩じられた体。それは、兄である輝が証言した、伯父や伯母の死に様と酷似している。


 恐怖を感じていない、と言えば嘘になる。だが、光はそれ以上に“この少年を野放しにしてはいけない”と強く思った。気付かれないように深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。


(『ドイツ人』って聞いた時に何となくそんな気はしていたけれど……この男の子が、おじ様やおば様を殺した犯人……?)


 断定は出来ないが、光は確信めいたものを感じていた。

 壁には、見知った魔法陣。黒っぽいシミによって一部見えなくなっているが、伯父が研究していた合成生物を生成する為のものによく似ている。いや、それそのものだ。


(つまり、おじ様の研究資料や書籍を盗んで日本へ持って来た……って事ね)


 そして、


「貴方、男の兄弟はいるのかしら」

「ん? ああ。双子の兄貴が居るぜ?」

「それは、東陽とうよう……って名前かしら?」


 後藤東陽。光の婚約者である翔と同じ訓練グループに居る少年。念動力を使う超能力者だと聞いている。その東陽とユウヤの顔が、瓜二つなのだ。どちらもとても整った顔付きをしている。髪の色も同じ。唯一違うのは、東陽の口元にあるホクロくらいのものだろう。


 光は、もう暗くなった道で東陽に出会った。彼は《自化会》本部の図書室で出会った時のように、人当たりのよい笑顔で話し掛けてきた。しかし、気を失う直前に見た彼の表情は、今目の前に居るユウヤの笑顔にそっくりだった。


 そこからの記憶は、目を覚ましたところまで、全くない。


 光にとっては、東陽そちらの方が不気味だった。


「トウヨウ……あぁ、東陽ね。俺が付けた偽名だ。かっけーだろ? 本名はアサヒってんだ」


 ビンゴだ。《自化会》に居る内通者。

 早く《自化会》の誰かに伝えなければ。そう思った光に向かって、ユウヤが「ところで、ねーちゃん」と笑顔を消して言った。


「アンタはお客さんだけど、余計な事したらシンジみたいになるかんな。そこんとこ、ヨロシク」


 血管の中を冷たいものが奔る感覚に襲われ、光は呼吸を忘れた。

 動けないでいる光に、ユウヤは再び笑顔を向ける。カラッとした笑顔だ。


「っつーわけで、携帯とかスマホとか持ってたら没収な。流石に、囚人の財布まで見やしねーけど……あ、ミコトねーちゃんに持ち物検査してもーらおっと」


 タタンッと軽い足取りで、ユウヤは音楽室から出て行った。

 ユウヤが完全に去り、黒髪糸目の男が微笑みながら光に近付いて来た。肩に黒猫を乗せて。


「初めまして、僕はイツキ。こっちは黒猫のナオミ君」


 なぁ、と黒猫が鳴いた。


「……初めまして……。光よ」


 警戒心剥き出しの光に、イツキが苦笑する。今の光にとって笑顔というものは、信用出来るものではなくなっていた。


「僕はここのボスをしている、マヒルの夫」

「……そうなの」

「君も色んな色が見えるね。とても綺麗だ」

「…………?」


 眉根を寄せる光に、イツキは「あぁ、ごめんね。多彩だから多才な人なんだろうなと思って」と告げるが、光には何の事だか分からない。


 それよりも、光が気になっているのは黒猫の方だ。


「この黒猫……」


 と話し掛けたところで、ユウヤが派手な女を連れて帰ってきた。


 カールされた茶髪のツインテール。毛先はピンク色をしている。バシバシの付けまつ毛に、目の下に頬紅(チーク)、大きめの口にはピンクの口紅、爪も賑やか。ピンクのオーバーオールは片方の肩紐がだらんと垂れていて、胸元には缶バッチが複数付いている。


 見た目が五月蝿い女は、見た目に反して、ドスのきいた低い声でユウヤに言った。


「は? 何よこいつ。わたし、可愛いコは好きだけど、美人って嫌いなの。ユウ君も知ってるでしょ? わたしへの嫌がらせ? この女、殺しちゃってよ」

「駄目だって。客なんだから。ミコトねーちゃんには、光ねーちゃんの持ち物検査をしても――」

「嫌」


 プイッとそっぽを向いたミコトに、ユウヤは渋い顔で頭を掻く。


「マヒルねーちゃんはコーセーの相手で忙しいだろうし、ミコトねーちゃんにしか頼めねーんだけどなァ?」


 半笑いではあるが、訴えるような眼で言われてしまってはミコトも『否』とは言えない。

 渋々「分かったわよぉ」と、頼みを聞き入れた。


「じゃ、男たちは外出てて! ほら! ナオミ君もね!」


 なぁ、と黒猫が返事をすれば、ミコトは自分の頬に手を当てて「かぁわいーい!」と猫撫で声でナオミに手を振って見送った。男性陣が退室し、扉が閉まった事を確認すると、ミコトは笑顔を嫌悪に変えて光に向ける。


「あーあー。体つきも、まーあ、お綺麗です事」


 ミコトは光のカントリーワンピースを脱がせると、ポケットの中に何か入っていないか確認し、ペタペタと光の体を頭から下へ触っていく。大きすぎず、かといって小さくもない胸部に、引き締まった腰、女性らしい柔らかさもある太もも。

 一通りチェックを終えると、腰に手を当ててワンピースを指差した。


「ヘンな物は持ってないみたいだし、着て」


 言われた通り、光はワンピースを着直し、襟元を正す。


「ところで、あんた……何なの?」


 襟の次は袖口の折り目を伸ばしていた光の手が、止まった。


「アタシは、魔女よ」

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