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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第四章『味方の中の』
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第三十九話『金の人』―1




 凌が“匣”へ到着したのは、洋介と浩司が去った十分ほど後だった。




 木製のテーブルや椅子は残骸となり、ソファーの綿は飛び散り、それを作ったであろう弾は散乱している。その中にある、横たわった赤い人と、木の皮で出来た繭。

 凌は千晶の状態を確認しようと、赤い体の傍らにしゃがんだ。と同時に、やすえが地下から様子を伺いに来た。


 頭から出血し、動かない千晶。そのすぐ隣に居る、凌。それを順に見て、やすえが半自動小銃の銃口を凌へ向けて言った。()る気満々、といった口調で。


「あんた、今は《自化会》の協力者だって言ってなかったかい!?」

「えっいや、違っ! 違う違う、違います! オレじゃないです! オレが来た時にはこの状態だったんですって!」


 手と頭を横にブンブン振りながら、凌は慌てて弁明した。

 やすえはもう一度辺りを見回す。散々な店内。所々、しっとりと濡れている。


「あんた確か、水を使うって以前、雅ちゃんが言って……」


 疑いの目が晴れない。

 凌は誤解を解こうと唸った。そして、ある事を思い出す。


「そう、えっと、寿途君! 彼ならこの状況、少しは分かるんじゃないですか?」


 木製繭を指差した。

 今まで全く動きを見せなかった繭がピクリと動き、中心に大きな亀裂が入る。パカッと真っ二つに開いた繭から出てきたのは……片脚を失くした、寿途だった。彼は光りを反射させない黒い目で千晶を見て――。




◆◇◆◇




 同時刻――福岡県、博多市。

 シンジは再び、この地に足をつけた感動に浸っていた。無事とは言い難い身体になってしまったが、命はある。手土産もある。


 残った腕で引いてきた大きなキャリーケースをポンと軽く叩き、シンジは「もうすぐだよ」と嬉しそうに駅内にあるコンビニの前を通って外へ出た。


 そこで待っていたのは、赤いオーバーオールを着たアキトと、黄色いオーバーオールを着たゴロウだった。

 四天王の中でも特に仲の良い二人だ。


「うぃー。シンジ、生きとって良かったちね。そんでも、ユウヤ君は『負けた』シンジに結構ご立腹みたいやち。気ぃつけんとばね」

「んで、シンジが腕やられたぁーって聞いたからさぁ。片腕じゃ大変だろぉ? 荷物、オレらが運んでやんよ」


 そう言うと、ゴロウはキャリーケースを受け取った。そして、その重さに少しばかり驚いたのだが……、それには触れず、《天神と虎》の本部へ向けて出発した。一応“正義の秘密組織”という体なので、勿論、徒歩だ。


 途中、なかなか長い坂があるので、ゴロウはアキトと荷物持ちを交代しながら本部へと向かう事、約三十分。

 シンジは慣れない片腕に加え、スタミナ不足、それに鎮痛剤を飲み直しても痛む腕のお陰で、ぜぇぜぇと息を切らしながらの到着となった。


「やっと着いたぁー……」


 十月中旬。陽も傾いてきて少し肌寒くなってきたが、長い坂道をほぼ休憩なしで登って来た顔には汗が滲んでいる。


「ほいじゃまぁ、ユウヤ君に殺されんよう祈っとぉよ」

「オレらはさぁー、これからバイトなんだぁ。あ、ユウヤは音楽室に居ると思うぜぇ」

「えっ一緒に居てくれないの!?」

「無理ー」


 驚くシンジに、アキトとゴロウの声が重なった。そして、二人揃って手を振りながら「健闘を祈る」やら「がんばれー」やらと声援を送って、また坂道を下って行った。


 シンジは心細さと恐怖心から泣きそうになりながらも、ゴトゴトとキャリーケースを連れて、《天神と虎》の本部――廃小学校へ足を踏み入れた。……のだが、シンジは階段の前で立ち尽くした。片腕で持ち上げるには困難な重さ。更に、音楽室は三階にある。

 一段ですら荷物を上げられずに途方に暮れていると、丁度、黒猫を肩に乗せたイツキが現れた。


「あぁ、シンジ……帰ってたんだ。おかえり」

「イツキさん……ただいま、戻りました……」


 イツキはシンジの憔悴した顔と腕を交互に見て、黒猫に肩から降りるよう言った。


「大きな荷物だね。そんな大きなキャリーケース、初めて見たよ。その腕じゃ運ぶのも大変だろう? どこへ持って行くんだい?」


 キャリーケースをふわりと宙に浮かせて、イツキはいつもの笑顔をシンジへ向ける。


「イツキさん……いや、イツキ様ぁああ……音楽室まで、お願いしますぅぅう……」


 今にも泣き出しそうな顔で片手だけで合掌の仕草をされ、イツキは苦笑しながらキャリーケースを浮かせたまま三階まで運んだ。

 その足元を黒猫が、後ろからはシンジがついていく。


 音楽室の扉をイツキがノックし、返事はないが合図はしたので扉を開けた。ビシャッと勢いよく、真っ赤な液体がイツキの顔面に直撃。

 中からは「あーあ、失敗しちまった」という、軽い声。


 異臭のする室内で、ユウヤは手を振って笑った。顔面血まみれの義兄に向かって。


「やっほーイツキ兄ちゃん! 悪ぃ! 失敗した!」


 あっけらかんと謝罪するユウヤの視界に、シンジの姿が入る。


「あっれー? シンジじゃん! よく帰って来られたなー。それとも、わざわざ殺されに帰って来たのか?」


 ユウヤはシンジに向かっても、ヒラヒラと手を振る。

 シンジは体を強張らせた。それに気付いたユウヤは、横に振っていた手を縦に振り始める。


「ジョーダンだって。なんか土産持って帰ってきてくれたんだろ? こちとらちゃんと聞いてんだよ。早く見せてくれよ」


 シンジは頭の片隅で「腕の心配は無いのか」と思ったが、ユウヤが身内以外の心配などするはずもないので無視した。片腕でキャリーケースを引き、ユウヤの前に倒して置いた。

 するとユウヤは、シンジの言葉を待たずにキャリーケースのバンドを外し、続いて留め具を開放し始める。


 その中から出てきたのは――、


「大きな……妖精……?」


 シンジも初めて見るのか、目をぱちくりさせて、その“荷物”を見ている。


「いや、こいつは“魔女”だ」


 ユウヤの言葉に、その場に居るユウヤ以外が驚きの表情を見せた。

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