第三十七話『黒い人』―3
黒いセダンが《自化会》の門を跨ぎ、徐行しながら駐車場まで帰って来た。複数人の会員が駆け寄る。不安な気持ちが表情に出ている少年たちの前に、黒尽くめの男が助手席から現れた。少し跳ねた毛が後頭部から覗いているが、本人は気にせず、にこやかに微笑んでいる。
まだ小学校中学年くらいの年齢であろう少年たちは、今にも泣き出しそうだ。そんな彼らの頭を順に撫で、《自化会》会長である嵐山臣弥は眉をハの字にする。
「大変な時に留守にしていて、すみません。被害状況を、歩きながら聞かせていただけますか?」
穏やかに笑えば、少年たちの顔が幾分か晴れた。
臣弥の秘書を務めている滝沢英善は、後部座席から書類の入ったビジネスバッグを取り出すと、車に鍵を掛けた。
「会長。おれは荷物を置いてから、後ほど、養護施設棟へ向かいます」
「ええ。お願いします」
歩き去る滝沢の背中を見送り、臣弥は子どもたちと共に養護施設棟へ向かった。
駐車場から正門方向へ歩くと、養護施設棟の正面入口へ出る。外から見ただけで、損害の激しさが伺えた。
三階の窓ガラスが、殆どない。壁には無数の穴が開いている。
「これはまた……派手にやりましたねぇ」
こんな派手な痕跡を残すのは、一人しかいない。いや、臣弥には二人思い当たるが、もう一人が暴れたとなると、建物自体が崩壊しているだろう。
「千晶さん、相変わらず豪快ですねぇ……。“二条”から弾を沢山貰ったと言っていましたが……この分だと、全部使っていそうですねぇ」
元気があるのはいい事ですが、と。微笑が、少しばかり困り顔へ傾いた。臣弥の脳内では、修理費の数字がグングン上がっていく。
今最も不安を抱えている少年たちが目の前に居る以上、いくら修理に金が飛ぼうとも、不安な顔は見せられない。養護施設棟の中から、こちらへ顔を覗かせている者も多数見受けられる。
年端もいかぬ子どもたちが、被害の後片付けをする為に奔走しているというのに、会長である臣弥が気を落とすなど、言語道断だろう。
「部屋が使えなくなった子が居れば、十五時までに教えてください。会員用の空き部屋を、夜までには使えるようにしておきます」
臣弥は少年たちに連れられ、他の被害状況を確認して回った。正門付近や、植木の周りに血痕がある。数人の少女たちが水を撒いてブラシで血痕を擦る横を通り過ぎ、朝《自化会》を出た時には無かったものに気付いた。
満開の百日紅の木。夏に咲くはずの紅色の花が、伸びた枝いっぱいに咲いている。紅色と青葉のコントラストが見事だ。
「コレ、としみちがやったんだ」
とは、臣弥の隣について歩いていた少年の言葉だ。他の少年も口を開く。
「みんなの死体を集めて、木にしちゃったんだ」
少年たちの表情の暗さから、ある程度の状況を察した臣弥は、俯く少年たちの頭に手を置いた。
「この木は、百日紅と言うんですよ。人の魂が宿ると言われています。アメリカでは“クレープ・マートル”というんですよ。美味しそうな名前ですよねぇ。中国での花言葉は“幸運”です。今回のように不幸な出来事は、これっきりになるといいですねぇ」
少し興味が湧いたのか、少年たちが百日紅の木を見上げた。
「寿途君はきっと、皆さんに幸せになってもらいたいんですよ」
というのは、都合の良い後付けだが……。まだ幼い少年たちは真に受けたようで――、
「おれ、としみちに石なげちゃった」
「こんど、ちゃんとあやまろう」
と何やら思い改めている様子だ。
血が繋がっていないとはいえ、我が子を悪く思われるのは臣弥も気分がよくない。取り敢えず丸く収まった、と臣弥は自己満足に浸った。




