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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第四章『味方の中の』
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第三十六話『赤い人』―4




 千晶は、普段は女子大生をしている。専攻は民俗学。派手な見た目と不真面目な態度のお陰であまりいい印象は持たれないが、単位を落としたことはない。成績も悪くはない。入試の結果は、五位だった。入学後も、成績は落としていない。

 サークルには無所属。友人はこれといって居ない。遊びに誘われることがあっても全て断っているので、次第に誘われなくなった。彼女はそれを「気楽でいいわぁ」と笑う。


 二年前までは洋介と組んで仕事をしていた。理由は単純明快。他に相手が居なかったからだ。

 その頃千晶は、翔の事が好きだった。恋愛感情だったのかと問われると、そうは言いきれないのかもしれないが、とにかく翔が気になって仕方がなかったのだ。

 二年前、翔が《自化会》へ正式に入会した。千晶は、それはもう喜んだ。しかし、彼と一緒に仕事をするのは千晶ではなく、拓人に決まった。これも、理由は簡単だ。他に相手が居なかったから。


 千晶では翔の相手は“無理”と判断された為だ。


 何よそれ! と千晶は(いか)ったが、翔と同時に寿途の入会も検討されていた。取り敢えず、寿途の様子を見るよう言われた千晶は、寿途と初めて対面した。

 会長の養子ともあって話には聞いていたが、面と向かって話す事は、それまでなかったのだ。


 第一印象は“何よこのガキんちょ”だった。


 年齢はまだ一桁だったし、何より対話が出来なかった。当時の寿途は喋る事が出来ず、首を縦に振るか横に振るかでしか、意思表示が出来なかった。

 正直、厄介払いをされたのだと思った。女だし、子どもの事が好きなんじゃないか――くらいの理由で、寿途の相手を任されたのだと。


 冗談じゃない。女だからって子どもが好きだと思うなよ。と千晶はまたしても怒った。しかし、養子とはいえ相手は会長の息子。そんな人物を任されたのは、正直、嫌ではなかった。


 試験的に寿途と組み……といっても、寿途はまだ実戦経験もなかったので、それこそ“試験”のような事をした。

 結果、寿途の小さな体から発せられる、化け物じみた能力に惚れ込み、千晶は寿途と共に行動する事を誓ったのだ。それはさながら、愛の告白ともいえるものだった。


 寿途は首を縦に振り、めでたく、年の差コンビが誕生した。




「あぁーん。寿くぅーん。痛いの痛いのとんでいけーってしてー」

「いたいの、いたいの、とんでいけ」


 千晶と寿途は、まだ“匣”に居た。千晶はソファーへ寝転がり、足は適当に持ってきた木製の椅子に預けている。


 数十分前、機関銃を振り回していた人物だとは思えないような猫撫で声に応える、寿途。

 白く小さな手が腹から赤い頭に移動すると、寝ている女は破顔した。


「千晶、コンタクトレンズ……」

「あぁ。いーの、いーの。外さなくても、あと一週間は着けっぱなしで大丈夫」


 千晶はニカッと笑って、赤い目を指さす。

 真っ赤な瞳。よく見ると、虹彩(こうさい)部分に輪のような線が数本入っている。会長の臣弥(しんや)が千晶に与えたコンタクトレンズ。こちら側から見ると的のように見えるが、千晶から見ると“世界がよく見える”のだとか。


 寿途が手を乗せている赤い髪は、『千人の血を被ったから赤くなった』などという類のものではなく……。染料によるものだ。根本は少し黒い。


 機関銃さえなければ、千晶はただの“派手な大学生”なのだ。


「そういや、今日は祝の姿を見なかったわねぇ……」


 ぽつ、と珍しい呟き。

 祝は、普段からあまり部屋から出てこない。ただ、“訓練”が始まってからここ最近は見掛けることが多かった所為だろう。

 口を開けば、嫌味と悪態の応酬をする間柄だ。鬱陶しいとも思うが、居なければ居ないで、張り合いがない。


 知ってか知らずか、寿途は最低限の表情筋の力でもって、応える。


「祝は、居ない」


 眉を寄せる千晶の顔を見ながら、寿途は続ける。


「よくわからない、けど……祝の居場所、わからない」


 翔よりも気配の個別感知が得意な寿途がそう言うからには、そうなのだろう。千晶は“分からない”なりに、言葉の意味を解く。


「……さっきの青いヤツにやられたって事はないわよね。そこまでバカじゃないハズ。寿君。祝が出掛けてる可能性は?」

「あまり、ない。昨日の夜から、ぼくには、わからない」

「夜から?」

「ぼくが、気付いたのが、夜」


 つまり、祝が『居なくなった』のは、夕方かもしれないし、昼かもしれない。という事だ。


「何で言ってくれなかったの?」

「父さんが帰ってきたら……言おうかと、思ってた……」


 見るからに落ち込んでいる寿途に、千晶は慌てふためく。上半身を起こそうと身をよじって、いだだだだっ、と脇腹を押さえ、動かなくなった。

 寿途は変わらず、千晶の頭を撫でている。


「ぼく、失敗した?」


 そして、変わらずしょんぼりしている。

 千晶は、胸が隆起するほど大きな呼吸を挟み、寿途の手を握った。


「寿君だって、“人間”だもの。失敗くらいあるわよ。ってか、まだ若いんだからさ。いっぱい失敗しなさい。んで、学べばいーのよ。大丈夫(だいじょーぶ)。祝って身体(ガワ)は小さいけど、しぶといから」


 《SS級》の紅一点――《自化会》イチの姉御肌である千晶は、密かに女子会員から人気を集めているカラッとした笑顔を寿途に向けると、枕に後頭部を埋めた。

 ちょっと寝るわ。と千晶曰く“彼氏”に告げ、赤い眼は黒いまつ毛に閉ざされた。



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