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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第四章『味方の中の』
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第三十六話『赤い人』―2




◆◇◆◇




 床から突然出てきた木に、洋介は目を丸くしていた。

 誰の仕業かは分かっている。寿途だ。


 部屋の中央にある鉄製の机が無事だったのは、幸いだった。上には実験器具や、ノートパソコンが置かれているからだ。


「『不審者が入ってきたら僕の所へ送ってね』って言っといて正解だったなぁ」


 木に向かって、ひとりごちる。少しして、絡み合うようになっていた木々は(ほど)け、中から血にまみれた肉が現れた。その肉は、青いオーバーオールを巻いている。


「見違えちゃったよ、シンジ君」


 声を掛けると、肉はぴくりと動き、排水溝に吸い込まれる水のような動きをしたかと思うと、見知った“シンジ”へ姿を変えた。


「あああああ!! 痛い! いだいよぉぉおおお!」


 大声で(わめ)くシンジに、しー、と指をあてる。口にガムテープを貼りながら。


「痛いだろうね。見てるこっちも痛いよ」


 洋介は悩まし気な息を吐きながら、シンジの左腕に手を添えた。いびつな形にひしゃげたソレから出ている白く細い塊を(つつ)いてみれば、シンジはガムテープの向こうで泣き喚く。


「まぁまぁ。そう騒がないでよ。あ、そうだ。いい事思いついた」


 ちょっと待ってて、とガサゴソ道具を物色し、取り出したのは、薪割りに使う斧。何故か、赤黒いシミのような汚れが付着している。

 シンジは、悪い予感しかしない。


 涙と鼻水でどろどろになった顔をぶんぶん振りまくるものだから、そこらじゅうに飛沫が飛び散る。


 洋介はシンジの口に貼っていたガムテープを一気に剥ぎ取ると、こぶし大に丸めたガーゼを、シンジの口へ押し込んだ。


「動かないでね」


 短い忠告。振り下ろされる鉄の(やいば)


 とうに腕としての機能を失っていたそれが、床に転がった。


 そこからは洋介が傷口を処置。消毒の(のち)、不織布のテープを貼って止血をし、鎮痛剤を注射した。


「ごめんね。僕、どっちかっていうと薬剤師で、医者じゃないからさ」


 肩を竦めたと同時に、勢いよくドアが開いた。


「ちょっと洋介ぇ! ここに、ダッサいサロペットの男が来なかったぁ!?」


 入って来たのは、赤い髪のヘソ出し女。ヘソの横に、湿布が貼られている。

 洋介はシンジの方を見ずに、机下に隠れるよう、手先だけで支持を出した。痛みで失神寸前だったシンジも、聞き覚えのある声に身体を強張らせ、机の下のスペースに滑り込む。


「やあ千晶! 僕に会いに来てくれたのかい?」


 両手を広げて、お決まりの挨拶。シンジを隠すように、足でごみ箱を移動させながら。

 だが、ここからもお決まりの流れだ。千晶は不機嫌に洋介を睨む。

 洋介も、両手を下げて肩を竦めて見せる。


「はいはい。分かってるよ。コレでしょ?」


 ポイ、とシンジの腕を千晶へ放る。


「ぐちゃぐちゃだし血まみれだしで、よく分からなかったんだけどさ。青いズボンっぽい生地は見えたよ」

「死んだの?」


 千晶は眉をひそめる。寿途が、力加減を間違えるとは思えなかったからだ。


「あの状態で生きていられるのって、人外だと思うんだよねー」


 翔とかさ。と洋介は笑う。

 千晶は納得していない風の顔だったが、ふぅん、と小さく言い落して、(きびす)を返した。


「ところで、寿途は?」


 洋介の問いに、千晶は背を向けたまま答える。


「養護施設棟。……知り合いがいっぱい死んだから、樹木葬中」


 じゃーねー。と機関銃を肩に乗せ、千晶は去って行った。

 先程よりは幾分穏やかに閉められたドアを見届け、洋介は短く息を吐く。


「さて、と。シンジ君はどうする? 僕も、いつまでも君をかくまうなんて出来ないからさ」


 ごみ箱をよけて、机の下を覗き込むと顔色の悪いシンジが、両膝を抱える形で(うずくま)っていた。片腕は無いが。


「帰る。九州に」


 消沈した様子で呟くシンジに、洋介も「そっか」と答える。


「おっきな怪我をしてるし、解熱剤も打っとこうね。鎮痛剤も、タブレットを渡しとくよ」


 洋介は特に引き留めることもせず、送り出す準備を始めた。

 シンジの顔に生気はない。帰ったとしても、ユウヤに殺されるであろうことは明白だからだ。そんな時、シンジのスマートフォンが振動した。ポケットにあったそれは、奇跡的に潰れずに済んだらしい。

 残った手でそれを取る。画面を見たシンジの顔に、徐々に色が戻った。


 口元に、笑みも戻る。


「洋介君。僕を、ある場所まで案内してほしいんだけど……」


 シンジの申し出に、洋介はにこりと笑って快諾した。




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