第五話『会議』―1
件の会議の日がやってきた。
何故金曜日に設けたかというと、単純に、翌日学校が休みだからだ。
午後七時――自化会本部の第二会議室。
室内は小学校の教室のように賑やかだった。
三十人前後が収まっているので、学校で言うところのひとクラス分の人数だ。
その大半が十代なので、自然と私語も多くなる。
長机は、部屋の真ん中に四角く囲って配置されている。
お互いの顔が見えるようにと考慮してのことだろう。
適当な位置に、《A》《S》《SS》と書かれたプレートが置かれていた。
《SS》席では祝が、どこを――というわけではなく睨んでいた。
明らかに苛々している。
隣に座っている拓人が、溜め息を吐いた。
「なぁ祝、向かいの席に座ってるヤツがビビってるから、そんな睨むなよ……」
「うっさい。別に睨んでへんわ」
「睨んでるだろ。見てみろよ、何かもう、泣きそうになってんだろ?」
向かいを見ると、確かに大柄な金髪の少年が震えている。
祝は視線を拓人へ向けた。
「あんなぁ……俺ぁ最近、仕事出来へんで気ぃが狂いそうやったんや」
「折角休み貰ったんだから、外に遊びに行けば良かっただろ?」
拓人が聞くと、祝は机に頭を預けた。
「あー、ちょいとフラフラ出掛けはしたんやけどな。太陽の下に出るとかやっぱし無理やわぁー」
「ただの不健康な引き籠もりじゃねーか」
「なんか文句あるか」
「うわ、開き直りやがった……」
ぐったり突っ伏している祝に呆れながら、逆隣を見やる。
「天ちゃん久しぶりぃー! 元気にしてた? あれ、あんまり元気じゃないわねぇ! どうしたの?」
千晶が、折れるのではと心配になるくらい翔を締め上げて――否、抱きしめていた。
拓人的にはあまり関わりたくない。
が、この様子をそっと自分のスマホに撮り収めた。
翔はぐったりして「あ」とか「う」とか漏らしている。左目も完治し、包帯や絆創膏はどこにも見当たらない。
その奥にいる寿途は――拓人には何を考えているのかさっぱり分からない。
翔とは長い付き合いなので、考えている事はなんとなくわかるのだが……寿途とはあまり顔も合わせないので、彼の無表情から読み取れる情報が少ない。
頬杖をつく。
特に何を考えるでもなく室内を眺めていると、前の入口が開いた。
「はい。皆静かに!」
入ってきたのは、指差し棒を持った洋介だった。
相も変わらず、白いワイシャツを着ている。
まばらに散っていた会員が、ピタリと雑談を止めた。
慌てるように席につく。
「何で洋介が仕切ってんのよー」
静寂の中で野次を飛ばす千晶。
集まる視線。
それに対し、洋介は指差し棒の先を千晶に向けて言った。
「ほら、私語は慎む。因みに何故かと言うと、僕が最年長者だからだよ」
ウインクを飛ばされ、千晶が半眼で黙った。
洋介は、千晶の嫌がることをよく知っている。
それなりに長い付き合いだからだ。
「それじゃ、会議を始めるよ」
プロジェクターを起動させ、スクリーンに映像が映し出された。
画面には、こう書かれている。
“観察研究におけるプロトコル作成の実践と考察”
「あ、ごめん。これは僕の論文だ。本物はこっち」
切り替えられた画面には、“理解と結束と能力向上”と記されている。
「まず、先週の話をしよう。《S級》の子は勿論知っているだろうけど、近江大輔と山城勇太が、任務中に殺された」
《S級》の席に座っている者が数名、顔を伏せるのが見えた。
続ける。
「何者かに――と言うつもりはない。誰が殺ったかは特定出来ているからだ」
スクリーンの画面が替わった。
二人の少年の顔写真が並んでいる。
「どちらも、歳は十二。君たちとあまり変わらないね。所属組織は、《P・Co》の《P×P》」
その名を聞き、少し場がざわついた。だが、すぐに終息した。
僅かに頷き、洋介は続けた。
「知らない者もいると思うから、簡単に説明すると……《Peace×Peace》略して《P×P》は、表はなんてことない衣料品ブランドの小さな事務所だ。しかし、製造以外――要するに、事務所に所属してる者の事なんだけど。彼らは所謂“暗殺屋”なんだ」
誰かが「殺し屋じゃなくて?」と呟いた。
それを聞き逃さなかった洋介は、頷いた。
「そう。僕たちの中にも暗殺に特化した人材はいるけど、ひとつの集団で言い表すと“殺し屋”若しくは“便利屋”の部類に入る。でも彼らは違う。依頼されれば報酬も貰うけど、基本的に金の為に動かない。ターゲットも、反政府組織だったり、逆に国の要人だったりする。日本には、殺しを請け負う組織が大なり小なり点在しているけど、彼らは“暗殺”が得意だ」
ひと息置き、続ける。
「僕たちが夜、結界を張って外視出来ない――部外者が侵入出来ない空間を作ってからターゲットを始末するのに対し、彼らは白昼だろうが、堂々動く。だけども、痕跡は残さない。そこが、僕らと彼らの大きな違いだね」
聞いている側には、疑問符を浮かべて目を回している者もいる。
「つまり」――誰かが呟いた。
「洋介さんは、俺らじゃ彼らに敵わない――って言うんですか?」
《S》席に座っている少年が、洋介を睨んだ。
その反応は、洋介の予想の範疇だ。
「確かに、個々の能力的には、劣っているかもしれないね。ただし、向こうは人数が少ない。《P・Co》全体の人数はこちらの数十倍だけど、《P×P》だけならこちらの方が多い。だから、訓練次第で集団的実力差は覆せるっていうわけだ」
画面が切り替わった。
人名がグループ別に並んでいる。
洋介が、画面全体を差した。
「来週から、週一でこのグループごとに集まって、強化訓練をして貰おうと思う。僕等と相反する組織は、なにも《P・Co》だけじゃないからね。訓練しとくに越したことはないよ」
洋介の言葉に、悲鳴を上げたのは千晶と祝だ。
「ちょっと待ちなさいよ! 何勝手に決めてんのよ!」
「せやで! その“講師”てなんや! 俺はそんなんやらへんで!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人を横目に、拓人は画面を二度見した。
各グループの上部に、《SS級》メンバーが講師として書かれている。
そして、拓人は左隣を見た。
瞬きを繰り返す自分の相方。
口角が、勝手に痙攣した。
「……お前、講師とか……大丈夫か……?」
問うと、翔は拓人を見返す。
元々そうだが、無表情だ。
「いや、無理」
珍しく、力強い返事が返ってきた。
文字通り、表情の無い顔で。
グループはいつつに分かれている。
Aグループは、薬師。講師は洋介。
主に、薬物を取り扱う者の名前が並んでいる。
Bグループは、長距離狙撃手。講師は千晶。
主に、ライフル銃などの大型銃を得意とする者の組だ。
Cグループは刀剣類。講師は祝。
ナイフから刀、鈍器まで扱う、接近戦に特化した人材が揃っている組だ。
Dグループは近距離狙撃手。講師は拓人。
主にハンドガンを扱う者の組だ。
そして、Eグループが異能力者。講師は翔。
特に特殊能力値の高い者が集まっている。
寿途の名前は無かった。
というのも、そもそも彼は著しくコミュニケーション能力が低い。
能力の高さから、《SS級》に所属しているが、まだ小学生なのだ。
他人に物事を教えるには、語彙力も表現力も説得力も足りない。
拓人は、不安から溜め息を吐き出す。
自分に対する不安ではない。翔だ。
(自分の力もろくに制御しきれない奴が、他人に教えたり出来るかよ……)
いや――と、自答する。
制御して、アレなんだけどな。
翔は表情にはあまり出ていないが――かなり焦っていた。
どのくらいかと言うと、汗で水溜りができそうなくらい。
実際には汗などかいていないが、例えるならそれくらい、だ。
困った。
翔は、声に出さず呻いた。
普段あまり使わない脳を、フル回転させて考えた。
その結果、出た答えがこれだ。
「無理」
再度口にする。
だが、洋介に向けられた、千晶と祝のブーイングにかき消された。
“異能者”という括りも、彼を悩ませる原因のひとつだった。
ひと言で“能力”といっても、個人によって種類が様々だ。
翔は“退魔師”に分類される。
家業がそうだからだが。
通常の人間が視覚化できない物質や、現象を相手取る。
しかも、専門は妖怪だ。
元来、人間を相手にするのは専門外なのだ。
自分も抗議しようかと口を開く。
と、同時に隣で手が挙がった。
拓人だ。
「ちょっと良いか?」
「何だい?」
洋介が拓人へ向く。
「その“異能力者”って括り、人数は少ないけど幅が広すぎて翔ひとりじゃ対処しきれねぇと思うんだけど……」
洋介が、笑みを含んで答える。
「その通り。だから、この方をお呼びしたんだ!」
バッっと広げられた左腕の先――入口のドアだ――を見るが、変化はない。
「ちょっと。嫌がってないで入ってきて下さいよ」
洋介が腕を上げたままドアに向かって言った。
すると、ゆっくりドアが開く。
入ってきたのは、三十代後半の男。
見た目は二十代後半ほどだ。
緑系統の和装に身を包んでいるが、金髪に、琥珀色の瞳。右耳にはピアスが付けられている。
誰かが叫ぶ。
「副会長だ!」
このひと言を皮切りに、波紋が広がった。
「二年ぶりに見た」
「実在してたんだ」
「生きてたんだ」
「本当に普段着が着物なんだ」
「イケメンだ」
「イケメンね」
どうやら、彼を見るのは会員内で奇特な事らしい。
興奮して、写真を撮る者もいる。
そんなどよめきの中、今度は翔が、静かに隣を見た。
拓人が、机に肘をついて頭を抱えている。
洋介は、渋る秀貴を正面へ誘導した。
そして、続ける。
「初めてお会いした者も居ると思うけど、彼が副会長の成山秀貴さんだ。《特S》の拓人のお父上で、睨むだけで人が呪い殺せるという逸話を持つ――」
「……おい。変な情報吹き込むなよ」
秀貴は、洋介の言葉を遮り、ツッこむ。
気怠そうに頭を掻いた。
「あー……正直、俺から教える事ってのは無いに等しいんだが……。まぁ、Eグループ以外の者も、気楽に頼む」
翔の表情が少し和らぐ。
自分ひとりでないなら、なんとかなる。多分。
ただ――と、再度隣の相方を見やる。
未だ顔を上げようとしない。が、口を開いた。
誰に向けてというわけではなく、独り言だろう。
「親父が出てくると、ろくな事がねぇんだよ。滅多に表に出て来ねぇくせに。大体、周りはオレと親父を比較しすぎなんだ……」
ブツブツ呟く独り言を聞き取った祝が、ニヤニヤして言う。
「芸能界然り。親子で比較されるのは必然やろ?」
拓人が、半眼で祝を睨む。
「その所為で、オレがどんな思いをしてきたか……」
「お前『天才の搾りカス』って言われとるもんな。カワイソーに」
全く憐れむ様子もなく、祝が拓人の肩に手を置いた。
『搾りカス』は事実だと自覚している。
拓人は、嘆息しながらその手を払った。
「“天才”ってのは、自分の得意分野を他人に教えるのが絶望的に下手なんだ」
嘆息混じりに呟き、翔へ向いた。
「アイツ、真面目にやらなかったら燃やして良いからな」
翔は少し間を置いて、頷いた。




