第三十五話『青い人』―4
人を殺すのに抵抗がないと言ったら嘘になるが、やらなければ自分が殺されてしまう。
(天秤に掛けたら、殺す方がずっといい)
ここに居るのは、子どもばかりだった。孤児施設のようなものらしい。中には中高生のような者も居るが、殆どが小学生以下のようだ。
二度目の装填を済ませたシンジの頭上で、サイレンが鳴り響いた。スピーカーから、子どもの声がする。
『し、しらな……おにい、……んが、ひっ、う、いっぱい、しんで……』
嗚咽交じりで、放送をしている。
シンジが、やっば! と思った刹那、ハウリングが響き、
『だれか、たすけてください!』
と、ひと際大きな叫び声が《自化会》内にこだました。直後――シンジの居る、外に面した廊下のガラスが、舐めるように次々と吹き飛んでいく。
思わず、銃を放り投げていた。
「ななな何々!? 痛い痛い痛い!!」
咄嗟に頭を守ってしゃがんだものの、ガラス片のシャワーがシンジを襲う。いくつかの欠片が手に刺さった。破壊音が鳴りやんで、窓とは逆側の壁を見やると……夥しい数の銃弾が撃ち込まれていた。
(なに、なになになに……めちゃ怖いんだけど!)
先程まで子どもたちを撃ち殺していたとは思えない程縮こまり、シンジはガタガタ震えた。心臓が耳の中にあるような錯覚を覚えるほど、大きく脈打っている。
「見付け。青いネズミが一匹。蜂の巣どころか、細切れ肉片にしてやるわ」
弾むような、実に楽しそうな声。
ぎこちなく顔を上げると、そこには赤毛のヘソ出し女と、黒髪で影の薄い男の子が立っていた。
ウインクを飛ばしながら、赤毛が言う。
「寿君は、誰も入れないように周りを固めてね」
癖毛の黒髪は黙って頷くと、離れていった。
赤毛の女は、赤い口紅に赤い服、デニムのホットパンツに、赤い靴。目まで赤い。とにかく派手な女だ。前からだと切り揃えられたボブヘアに見えるが、割れた窓から入ってくる風に、長い後ろ髪が靡いている。
どこから湧いて出たの!? 胸中で叫ぶ。
シンジが頭を押さえたまま、辺りを見回すと、頭上に太いワイヤーが張られていた。ワイヤーの先には、大きなアンカー。それが深々と、壁に打ち込まれている。ワイヤーは隣の棟から伸びていた。
「ところで、アンタ誰?」
トン、と機関銃を肩に載せ、赤毛が訊く。
「て、《天神と虎》から、来ました……」
噛ませ犬です、とまでは言えなかった。
(ひぃぃぃ……! 何で機関銃!? しかもアレって地面に置いて使うヤツじゃないの!?)
赤毛の女が持っている機関銃は、それなりに大きい。連射の衝撃は大きい筈だが、それを軽々と扱っている。
シンジの中には今、恐怖しかなかった。
だが、やらなければやられるのだ。
ぴくりと手を動かすと、ゴリ、と頭に銃口が押し付けられた。
「動いたら撃つ。質問に答えなくても撃つ。嘘をついても撃つ」
冷徹な口調に、シンジは静かに唾を飲み込んだ。
「《天神と虎》って、超能力集団って小耳に挟んだんだけど、どうなの?」
「超能力……? 使える人も居る」
「アンタは?」
「ボク、は……使えない」
シンジは背中がじっとりと湿っているのを感じながら、慎重に言葉を選ぶ。
女は興味なさ気に、ふぅん、と呟いた。つまんないの、とも付け加えて。
「まぁいいわ。そのサロペットを見る限り、アンタ、四天王? の一人なんでしょ?」
サロペットは背中が大きく開いてるものを言うんだよ、とシンジは心の中で訂正したが、当然、口に出すのは憚られた。
次いで、“四天王”ってマジウケる、とも嗤われたが、反論など出来なかった。
「超能力が使えなくても、四天王って事は、強いのよね?」
「ボクが今日、ここへ来た理由は……」
「ちょっと、質問の答えになってないんだけど」
銃口が、頭にめり込むかと思う程、押し付けられた。
(あぁもう、痛い。ヤだよ、痛いのは!)
ガッ! ギィイィィ……ン!
金属と金属のぶつかる音が響いた。余韻の消えぬ内に、シンジが転がるように――否、転がって――赤毛の女と距離をとる。
手汗を服で拭うと、シンジは震える手を赤毛女へ向けた。
手には、柄があり、湾曲した刃物の付いた――草刈り用の鎌を握っている。形状からして、折り畳めるタイプのものだ。
女は、怪訝な顔をシンジへ向けた。その眼は、こう言っているかのようだ。
“どこから出した?”
「ボクは、四天王の中で一番弱い」
女の質問に半分答え、シンジはまた手を拭って、鎌を持ち直す。鎌はおおよそ武器として使われてきたとは思えない見た目をしている。青臭い葉と、土のにおいが漂ってきそうだ。
「ボクは弱い。だから、ボクに貴重な武器は殆ど渡されない。これは、山の不法投棄場から拾って来たものだ」
鈍く光る鎌は、よく使い込まれていて、少し錆があり、僅かに刃こぼれも見られる。
“こんな物を使わないと、やっていけないような組織なんだ”というアピール。自分が如何に弱いかを強調し、相手を油断させる作戦。
だが女の、人工的な赤い瞳はこう言っている。
“だから何?”と。
機関銃の銃口は、先の衝撃で変形している。弾を撃つ事は出来ない筈だ。女も女で、危機的状況だというのに、挑発的な眼をやめない。
シンジの背には、ずっと服が張り付いている。
(大丈夫。落ち着け。相手も攻撃出来ないんだ。機転を利かせるのは、ボクの特技じゃないか)
考えろ、考えろ。自分に言い聞かせつつ、相手を観察する。
「え……?」
シンジは我が目を疑った。
潰した筈の銃口が、綺麗な円を描いてこちらを向いている。弾を撃ち出す為のその穴は、深く、深く。吸い込まれそうで、闇の色のように感じた。
「あたし、弱いヤツに興味ないの」
これは、この女が放つ死刑宣告の決め台詞か何かだろうか。と、冷静に的外れな分析をする自分を、更に冷静な部分が叱咤した。
強烈な危険信号。
息つく間もなく――高らかに鳴る、自動連射音。上がる噴煙。次々と破壊される廊下に、窓。
シンジは本能的に息を大きく吐き出し、鎌を投げ出して、体を広げていた。




