第三十五話『青い人』―3
案外すんなり入れるものだな。と、シンジはまたしても拍子抜けしていた。今日は土曜日。ユウヤの送った合成生物たちが暴れた翌日。だというだけあって、《自化会》内は少々ザワついている。学園祭がどうのだとか、昆虫キメラについて話している者や、何やらお通夜のような顔をした者まで。
ただ、シンジの存在が会員に知られたのは、侵入してから五分ほど経ってからだった。
「どちら様ですか?」
と駆け寄って声を掛けてきた少年。小学生くらいだ。掃除中なのだろう。柄の長い箒を持っている。ここは車も通る場所らしく、地面はアスファルトで舗装されていて、雑草は生えていないが落ち葉が点々としている。
ぱしゅん、という少々間抜けな音とともに、少年の左胸に穴が開いた。僅かに焦げ臭い。カラン、と薬莢が転がる音と重なって、少年も力なく落ち葉の上に転がった。
「《天神と虎》から来ました。噛ませ犬です」
はにかんで自己紹介をするが、訊いた人物はもう動かない。少し声が震えていたが、聞いている者は居なかった。
シンジの右手には、サイレンサー付きの自動拳銃。ひと昔前に日本の反政府組織で人気を博した拳銃。未だ根強いファンも居て、ユウヤに殺されたウサギの頭も、この銃を愛用していた。というか、シンジの持っているこの銃こそ、その頭が所有していたものである。
(裏山で木に向かって撃ったりはしてたけど、人間相手でも意外と当たるものなんだ……)
服に押し付けてゼロ距離で撃ったので、外すとは思っていなかったシンジだが……人を撃ち殺したのは初めての事だった。銃口が冷めた事を確認し、銃を袖の中へ入れる。
普段から人が射殺される現場やら捩じり殺される現場やらを見ているシンジなので、“人を殺めた罪悪感”も薄い。そもそも、引き金を引くだけで相手が死んだものだから、自分が殺したという実感すら少ない。
「こんな事で怖じ気づいてちゃ、世界征服なんて出来やしないよね」
声に出すと、敷地にある建物へ向かって、歩き出した。
途中、花壇の草むしりをしている小学生くらいの少年少女を何人か撃ち、宿舎のような場所へ辿り着いた。
町中にある、老人ホームや福祉施設のような作りの入り口。泥落としのマットが敷かれ、靴箱が並んでいる。
おそらく、住居だろう。
靴箱の掃除をしている少年を撃ったところで、弾が切れた。
同時に、つんざくような悲鳴がシンジの鼓膜を強打する。黒板を引っ掻いたような声に、思わず体が強張った。
ジャージ姿の少女が、歯をカチカチ鳴らしながら、青い顔で立っている。
「あぁ、ごめん。ちょっと聞きたいんだけど、ここって小さい子しか居ないのかな?」
訊いても答えは返ってこず、シンジは溜め息を吐きながら、弾を装填した。
顔を引き攣らせた少女が倒れる。大きく見開かれた目には涙が溜まっていたが、流れる事無く乾燥する運命だろう。
少女の下に出来た赤い水溜まりを踏まないように、シンジは建物の中へと入って行った。




