第三十四話『青い火』―5
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陽が落ち、周りに民家の少ないこの場所で、煌々と輝いているのは《自化会》本部の明かり。正門から、点々と外灯が灯っている。
拓人は正門で、一度、足を止めた。
《自化会》本部内は、いつもに比べて賑やかだ。会員がパタパタと行き交っている。
(死傷者が出てりゃ、そりゃ慌ただしくもなるか……)
と妙に冷静に思いつつ、拓人は本部の本館へ向かった。ある人物を探しながら。
里田浩司。同じ訓練グループの後輩で、更に年少の後輩の面倒をよく見る人物だ。そして、本日死亡した一宮威の幼馴染みであり、同級生であり、仕事上での相方でもあった。
彼も怪我をしていたと聞いたので、《自化会》本部へ戻って来ている可能性は高い。翔から本部へ行くよう言われた時に、浩司に会えるかもしれないと少し安心したのも事実だ。
しかし、こうも会員たちが行き交っているとなると――、
「見付けるのも難しそうだなー」
ぽつりと呟き、取り敢えず浩司の部屋へ向かってみるかと階段へ足を掛けた時、後ろから声がした。
「拓人さん!」
振り向いた先に居たのは、同じグループの後輩。中学三年生の、中。小山中だ。小柄で小回りのきく少年である。
ずっと走り回っていたのか、中は息を切らしながら拓人の元へ駆け寄ってきた。
「はぁ、はぁ……無事だったんですね……! 山相にも合成生物が現れたって、聞きましたけど……」
「オレは翔ん家に居たからな。三相も怪我人は出たらしいけど、死者はゼロだってよ。中も無事で良かった。ところで、浩司を知らねぇか?」
きょとん、として、浩司さん? と聞き返した中だったが、すぐに頭を横に振った。
「ボクは一般生徒の避難誘導をしてから、すぐに本部へ戻って来たんですけど……浩司さんは帰って来ていないみたいで……。まだ姿を見かけていません」
「一宮威が死んだ事は知ってるんだよな?」
中は視線を落として、ゆっくりと頷いた。雪乃さんから聞きました、と。自分よりも上級者が死んだ事実は、中の中でも重いものとして精神に沈殿しているらしい。
だが、今それを慰めている余裕はないし、本人もそれは承知しているようで、すぐに顔を上げた。口元を真一文字に結んでいるその顔を見ながら、拓人は質問を続ける。
「雪乃さんは、まだ本部内に居るか?」
「竜真さんや竜忌さんと一緒に、会長室に行きました。……もう帰っているかもしれませんけど……」
「そっか。分かった。オレぁちょっとやる事があっから、中も自分の仕事がんばれよ!」
ちょっと自分勝手かもと思いながら、拓人は後輩の背中を叩いて階段を駆け上がった。
階段の途中で「拓ちゃぁぁあああん!」と呼ばれ、上から黄色いくるくる頭が迫って来た。反射的に身を捩ると、タンポポのようなそれは爆風の如く拓人の横を過ぎ去り、中二階の壁に顔面をめり込ませて沈黙した。
それを当然のように無視し、拓人は上階を見上げる。
「竜真さん、雪乃さん。お疲れ様。浩司はこっちに帰ってきてましたか?」
竜真が首を左右に振るのを見て、溜め息をひとつ。ここに居ないとなれば、浩司の行く先の心当たりはない。
「雪乃さんも、校内清掃大変だったんじゃないですか?」
話し掛けられ、雪乃が明らかな動揺を見せるも、拓人は「謙遜や忖度的なアレかな?」とスルーした。
「親父に無茶振りされたら、断ってもいいんですよ」
と雪乃に告げてから、ところで竜真さん、と父のマネージャーへ向かって眉を寄せる。
「竜真さんの後任に朱莉を……って、マジですか?」
「うん。『本気』と書いて『マジ』って読むヤツだよ」
いつも通り柔和な笑みを湛え、竜真は当然のように肯定した。こうなると、竜真も中々意見を曲げることはない。
「その事なんだけどさぁ! たくちゃん、今日ウチに泊まりなよ! 話したい事いっぱいなんだよ!」
タンポポ――否、竜忌が、額に大きなたんこぶを膨らませ、鼻からは血を出した状態で再び迫って来た。涙目で。
「いや、オレは本部の手伝いを……」
顔面ボロボロの幼馴染の様子に、さすがに罪悪感の湧いた拓人は、いつもより控えめに竜忌の申し出を拒否。しかしながら、竜忌も引きはしない。
(まぁ、オレも竜真さんと話ししてぇし。……いっか)
忙しく動き回っている会員たちに後ろめたさを感じながら、拓人は三人と共に《自化会》本部を後にした。
建物から出て駐車場へと向かっている四人を見付け、足を止めた人物が一人。
「あれ? 拓人、もう帰るの? 何しに来たのかな」
独り言とも取れる言葉に反応したのは、たまたまそこを通り掛かった小山中だった。
「拓人さん、浩司さんを探してるみたいでしたけど……。他にも用事があるって言ってたの、掃除屋さんと何かあるのかな……」
途中からは、こちらも独り言のような呟きとなっていた。
四人の姿を窓越しに、タレた緑色の眼で見ていた銀髪オールバックの青年は残念そうに、そっかぁ、と言い漏らす。
「残念。僕も拓人に用があったのにな」
おおよそ残念そうには見受けられない笑みで発せられたその言葉に、中は何故か背筋が冷たくなった。




