表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第四章『味方の中の』
152/280

第三十四話『青い火』―4




 食欲が満たされ、少し落ち着いた翔の元へ、家庭教師を務めている潤がやって来た。


「ねぇ潤。潤の会社って、人探し得意だよね? 光の事、探してくれない?」


 そんな問いに対する答えは、当然ながら『NO』だった。潤の一存では決められないし、肝心の“人探し”を行う上で最も適した人物が、過労によって少々荒れているからだ。

 尤も、そんな事実は翔の知るところではないのだが。

 翔に対して申し訳なさそうに首を横に振った潤だったが、小さく溜め息を落として言った。


「今日のノルマがまだ終わっていないから、プレハブ小屋へ来てくれ」


 少し冷めたほうじ茶を飲み干すと、翔は立ち上がった。




 潤の訓練は、拓人曰く『優しい』ものだった。走って登下校も然り。翔にとっては『キツイ』のだが、出来ない事はない。やってみると、何とかなるものだ。

 黒い割烹着を身に着けた潤を見ながら、翔はこんな事を思う。


(何着持って来たんだろ……)


 と。そんな事を考える余裕があるくらいには『優しい』。それもその筈。潤は、基本的には翔の攻撃を受けるのみで、自分からは動かない。

 まず、割烹着を通して伝わる衝撃から翔の放出している力の割合(パーセンテージ)を割り出す。自分が指示した通りの力を出せているのかを分析し、大幅にズレが生じていれば正す。


「十パーセントで右腕」


 と言えば、翔は潤の右腕を燃やす。厳密には、前腕部分に書いている丸い的を燃やす。

 今回は手首に火球が当たり、割烹着の右腕部分の袖が吹き飛んだ。


「翔。もう少し力を抜いて。溜め息を吐くくらいの力で左腕」


 ボッ。人の頭一個分くらいの大きさをした橙色の炎が、潤の左前腕を焼いた。


「今と同じ強さで、胴」


 続いて飛んできた指示に応える。同じように、割烹着の胴が燃える。その炎は燃え上がることなく消えた。先に燃えた右腕の炎も、燃え上がることなく消滅している。

 翔は疑問を口にした。


「ねぇ。普通、火は燃え出したら、燃料が無くなるまで燃えるよね? 俺の火は、何ですぐにきえちゃうの?」


 穴だらけの割烹着を脱ぐと、潤はそれを翔へ向けた。

 そして、点火。蝋燭ほどの火が、割烹着を燃やす。普通ならば、その火は大きくなり、火炎となる。ところが、布の大半を残して、火は消えた。


「“火”は、酸素と可燃物が熱と光のエネルギーに変換されたものだ――というのは、知っているな?」


 翔は、自信なさげに首を縦に動かした。


「俺たちが体から出す“火”は、厳密には“火”じゃないんだ」

「???」


 オツムの足りない翔は、頭から煙を出している。

 潤が言うには、翔や潤の出す火というのは、火に限りなく近い性質を持った、別物――らしい。

 疑問符の渦に呑まれてオーバーヒートしそうな翔に、潤は簡潔に伝える。


「朱雀や騰蛇の“能力”というのは、人間が作り出すものとは、別物なんだ。可燃物が無くても燃えるのが、その証拠だ。力の発生源が、俺たち自身。そして、朱雀や騰蛇は火を操る存在だ。つまり、突き詰めれば、通常の火――例えば火事なども、消そうと思えば俺たちの意思で消すことが出来る」


 目から鱗だった。


 翔は十七年生きてきて、初めてその事に気が付いた。

 手にある割烹着を燃やして消し去ると、潤は手のひらを上へ向けた。


「多分、翔の中にある“火”のイメージがオレンジや赤や黄色だから、翔は橙に近い色の炎を出すんだろうが……こんな事も出来る」


 手のひら上に現れたのは、紫色の炎だ。心霊番組で、よく“人魂(ひとだま)”と言われるものに似た形をしている。

 目から鱗、再び。

 キラキラ輝く鱗を目から飛び散らせ、翔は興奮気味に言った。


「すごい……! どうやるの!?」


 手品を見た子どものようだ。


「……そうだな……。翔の好きな色は……確か、水色だったよな? よく晴れた空を思い浮かべながら、手の上で十パーセントの炎を出してみろ」


 翔は唾を飲み込むと、言われた通りイメージする。さっきと同じ力加減で、色は青い空。

 青い熱が、手の上で踊った。

 サファイアのように輝き、揺らめいている。


 翔は口を閉じることも、息をすることも忘れている。


「……きれい……」


 と呟いたところで、急いで息を吸い込んだ。

 空というより、底が見える海のように、澄んだ青。


「青色の火を出す可燃物にはガリウムなどがあるが、俺たちの出す火には可燃物が必要ないから、色も自分で変えることが出来るんだ。ただ、この熱によって他の可燃物に引火した場合は、消えない事も……」


 潤の説明は翔の脳に定着せず、すり抜けた。潤も、可燃物に関しては翔が覚えるとは思っていない。今は、想像通りの色を出せただけで上出来といえる。


「光の眼の色みたい」


 手の上にある揺らめきを眺めながら口から零れた言葉に、ハッとする。

 その光が、現在行方不明なのだ。

 急にオロオロと落ち着きのなくなった翔。青い炎も消えている。潤は嘆息した。


「光さんの事なら、深叉冴さんや寒太に任せておけ。寒太は特に、見聞が広い。今のお前がしなければならないのは、出来る限り力の制御が出来るようになる事だ」


 潤って人の心が読めるの? という戯言に、見たら分かる、と返し、潤は新しい割烹着に頭を通した。そんな先生に、翔は挙手をする。


「俺、今度から青い火を出すようにする。綺麗だしカッコイイ」


 少しズレてはいるが、やる気と決意を感じた潤は、ふと微笑を溢す。いいんじゃないか、と言われた翔は、益々やる気を出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ