第三十四話『青い火』―3
「翔様、遅くなるなら、連絡してほしかったです」
帰宅するなり、長男から不満を零された。
翔と深叉冴が天馬家へ戻ったのは、夜の八時。
拓人君はちゃんと連絡をくれましたよ。というお小言を聞きながら、台所へ向かう。翔は疲れていて、康成の注意も要望も、耳の中をスルーしてしまっている。
「まぁまぁ。許してやってくれ。光君が行方不明なんだ」
「だからって、連絡のひとつも寄越さないのは…………え? 今、何と?」
康成の眉間が狭まった。
「そういえば……光さんからも連絡がないですね……」
康成が考え込んでいると、深叉冴の手を叩く音が思考を遮った。
「そういえばついでに、輝君はどうしておるのか……」
言いながら、スマートフォンを袖の中から取り出す。ちゃっかり交換していた連絡先へ、電話を掛けるべく電話帳を開き、“主殿の兄上”と書かれた連絡先をタップした。
反応は、すぐにあった。
東輝は天馬の疾風丸に乗っているのか、電話の向こうでゴオゴオと風の音がうるさい。
「兄上。今日、主殿と連絡を取ったか?」
『いいや。光が俺様の電話に出る事はここ数か月なかったし、メールやチャットアプリも未読スルーだからな!』
全くもって、役に立たない兄だった。
『ところで、俺様は今、ふく……にいる……が――』
輝は自分の報告らしき事を寄越すが、後半は風の音がうるさくて聞き取れなかった。
深叉冴は溜め息を吐くと、ちょっと行ってくる、と言い残し、台所から消えた。
父が唐突に消えるのにも慣れ切っている二人は、会話に戻る。
「で、どういう事ですか?」
実質家長の役割を担っている康成が、実際の家長に眉をひそめて訊いた。
「迎えに行ったら、光は怒ってどっか行った」
そんな翔の説明ではよく分からないので、康成は「いつ」、「どこで」、「何故」そうなったのかを翔から訊き出し、手を大きく二回叩いた。
すると天井裏から、カタン、と音がした。お多福とひょっとこを、足して割ったような顔が天井板の隙間から覗いている。
天馬家次男の倫だ。
「倫さん、今ちょっといいですか?」
「どうかしたんですか?」
ほぼ無音で床に降りると、倫は被っていたお面を後頭部へ回した。まだあどけなさの残る顔が現れる。目を横断する形で縦に傷がある為に、左目は閉ざされている。その分、右目はぱっちりと大きく、印象的だ。普段ヘンテコな面を着けているのは、対人赤面症で赤みがかった顔と、傷を隠すためだ。
そんな倫に康成は、光がこの家以外に向かいそうな場所を尋ねる。普段、光と親しくしている倫なら心当たりがあるかも、と希望を持っていたのだが――
「光さんの行きそうな所……ですか? ご実家か、“仏々”か、両国くらいしか心当たりないですね」
最後の『両国』は、言わずと知れた日本の国技、相撲のメッカ。近場には日本のニュー・シンボル“スカイツリー”もある。
光は相撲好き――というか、力士のフォルムが好きなのだ。力士を見るために、両国へよく足を運んでいるんだとか。
そういえば、俺と凌が決闘してた時も行ってたって聞いたな。と、翔は思い返した。
しかし、これから夜になろうというのに、そちらへ向かうとは考え難い。電車でもそれなりに時間が掛かる。
“仏々”に行っていたならば、きっと雪乃が連絡を寄越す筈だ。
となれば……。
「光の実家?」
となるだろう。
だが、それはきっとない。光が泣きながら実家へ戻ろうものなら、光の父親から怒りの電話が掛かってくる筈だからだ。
『おぉーい。翔―』
音もなく飛んで来て翔の肩に止まったのは、翔のマネージャー。百舌鳥の寒太だ。頭の先から羽毛の束を一本、ピョン、と伸ばしている。
寒太は、翔以外にはピィピィとしか聞こえない声で、翔に話し掛けた。
『どうしたんだ。珍しく神妙な顔して』
「光が、怒ってどっか行った。寒太は光の気配とか、分かる?」
『分かんねぇな。俺が気配の分かるヤツは、翔だけだ』
翔は、そうだよね、と肩を落とす。
『親父はどうしたよ? 俺よりは詳しく感知出来るだろ』
深叉冴は輝の所へ行ったのだと聞き、寒太は『なら無理だな』と翔を一蹴した。
『今の親父に感知出来ねぇなら、俺にも無理だ。翔も分かるだろ?』
むう。と押し黙る翔の肩で、寒太は羽を広げる。
『俺は光の実家を見てきてやる。お前は今日の訓練の続きをしとけ』
言い残し、寒太は専用の出入り口がある方へ飛んで行った。
ぐう。と空腹を訴える腹の鳴き声を聞いた康成が、翔に夕食を済ませるように促した。




