第三十四話『青い火』―2
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深叉冴が翔たちの前に現れた頃――。
翔の前から走り去った光は、暗くなった道を一人歩いていた。住宅はあるものの、街灯も少なく、人は居ない。
そんな中でも目立つ、光の金髪。僅かな明かりにも反射し、それ自体が発光しているかのように錯覚する。
(うぅ……。いくら腹が立ったからって、怒鳴ったのは反省しなきゃ……)
一人反省会真最中。とぼとぼと歩きながら、魔女と呼ばれる少女は重い息を吐き出した。通学用の鞄を両腕に収め、また溜め息。
そして、深呼吸。
(やっぱり戻って、翔に謝りましょ……)
踵を返すと、見知った顔が居た。大きなキャリーケースを連れている。飛行機に乗る場合、航空会社によっては、空港で追加料金を払わなければならないサイズである事は確かだ。
人当たりの良い笑顔を湛えたその人物に、光は目を瞬かせる。
「あなた……何で、こんな所に……?」
じり。光は本能的に、足を引いた。
「光さん。女の子が夜道を一人で歩くなんて、危ないですよ?」
その人物は笑みを崩さず、光へ右手を差し出した。
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「……どういう事?」
翔は蔑むような眼で、父を睨んだ。
息子とそっくりな見た目の父は、尚も真剣な表情を保っている。彼がこんなに神妙なのも珍しい。
「それが、儂にも分からぬ。《自化会》本部から少し離れた場所で、ぱったりと……」
《自化会》本部の正門までは、翔も一緒に居た。その後、光は拓人たちが来たのとは逆方向へ走って行った。
深叉冴の言い様から、翔と光が別れて暫くは気配が感知できていた事が伺える。
「深叉冴さんが存在してるって事は、死んではないって事だよな?」
深叉冴は光の使い魔だ。すでに死んでいる彼は、光のお蔭で具現化し、光のお蔭で肉体を得て、光のお蔭でこの世に在る存在。光が死ねば、在るべき場所へ還る存在。
つまり、最悪の事態にはなっていない。拓人はその事を声に出すと、父と従妹へ言った。
「オレは翔と行くから。親父は朱莉の事頼むわ」
「ううん。拓人は本部へ行ってくれる? 何か、ヤな感じする」
翔は跳び、飛んだ。
「走るより、こっちが速いよね。もう暗いから、見つかりにくい」
服を突き破り、肩甲骨辺りから出ている赤い翼。住宅地を飛ぶには大きすぎるが、空に出れば問題ない。
電線に気を付けろよー、という拓人の声に答えると、翔は上昇した。
今日、恵未が言っていた通り、翔は飛ぶために骨密度が低い。とはいえ、人間サイズが飛ぶとなると、それなりに大きい翼が必要だ。そんなものが空を飛んでいると当然目立って仕方がない。飛行機の操縦士も困惑するサイズだ。
なにより、普段飛ぶ事は康成に禁止されている。
なので、翔が“飛ぶ”事は殆どない。
(服も破れちゃうから、なるべく飛びたくないんだけど……)
だが今は緊急事態だ。そんな事も言っていられない。
使い慣れない自分の一部。だが、不器用な翔にも不思議と使いこなせるもので、難なく上空へと上がった。
「光君の金髪は、闇夜でもなかなか目立つんだが……」
翼など無くても飛べる深叉冴は、地上を眺めながら顎へ手をあて、唸る。
眼下には、山と少しの住宅と、公園。少し離れた場所に駅があり、用水路や川も見える。しかし、肝心の金色は見えない。それどころか、人もあまり歩いていない。
学校や会社から帰って来たであろう人影が数個、道の上を移動しているものの、茶髪と黒髪しか居ない。
「うぅん……。俺、人が居るかどうかの気配は分かるんだけど、それが誰かまでは分からないんだよね……」
人の気配を感じては目を凝らして見るが、光の姿はない。
「……光自身が結界を張って、その中に閉じこもってる、って事は……、あったりする?」
父は、ふむ、と腕を組む。空中でくるりと一回転し、和装だというのに脚まで組んだ。
「光君が扱えるのは、床や地面に直接書くタイプのものだな。魔法陣のようなものを書くのだと、本を見せてくれた事がある。……翔は、そんなに光君を怒らせたのか?」
「分かんない。でも、すごく怒ってた気がする……」
しょぼん。そんな文字が背景に可視化出来そうなほど、翔は肩を落とした。
「とはいえ、だ。光君が道に落書き……いや、魔法陣を書いて、そこに閉じこもると思うか?」
それは、思わない……。と翔は、溜め息と共に吐き出した。
その後、翔と深叉冴は各々空中から光の姿を探したが、結局光は見つからなかった。




