第三十三話『父子』―3
つまり、拓人と愛莉は従兄妹同士という事になる。法律上、いとこ同士の結婚は可能だ。だが、血が濃いと色々と面倒が多い。更に、母は実家から勘当されていると耳にしている。拓人と愛莉はまだそこまでの関係ではないが、どうしても脳裏を過っていく。
「お前、どんだけ俺に似りゃ気が済むんだ……」
見た目もさることながら、好きな飲み物も、食べ物も、色も、拓人は父と似通っている。そういえば愛莉は、母親に見た目が似ているな。という事に、拓人は今更ながら気付いた。
呆れた物言いの父はさておき、母は依然として固まったままだ。それが急に、何かに叩かれたように飛び跳ねた。
「拓人さん! あの家に近付いては駄目よ!」
他人を否定しない母が、初めて発した拒絶の言葉。
対して、父は呑気なものだ。
「別にいいんじゃねーか? 色恋云々は当人の自由――」
「秀貴さんは、自分がどんな言葉を浴びせられたか忘れたんですか!?」
「俺の事ぁいいんだよ。慣れてっし」
「そういう問題じゃありません!」
こういう時、立場が強いのはいつも母だ。父を叱りつけ、黙らせ、言い聞かせる。
(駆け落ち婚が母さんの強行だったってのは、あながち嘘じゃなさそうだな……)
拓人は胸中で呟いた。そして、母に向かって言う。
「大丈夫だって。まだ結婚とか、そんなんじゃねぇし」
「そんな関係になってからじゃ、遅いんです!」
そんなこんなで、父子揃って正座させられ、母からの説教を受ける破目になった。
それからも、拓人と愛莉の関係は変わらず続いていた。母に対する後ろめたさはあったものの、父が言っていた通り、結局は当人同士の問題だ。急に「実は従兄妹だったんだって。はい、さようなら」とはいかない。そんな簡単な気持ちで付き合ってもいない。
昼休みには中庭を散歩し、放課後には楽器を奏で、帰路で寄り道をする。そんな日々が暫く続いたのだが――。
だんだんと空気が冷えてきたある日、父に言われた。
「お前、まだ槐の娘と付き合ってるんなら、別れた方がいいかもしれねぇぞ」
この件に関して、母は完全に敵だった。放任の父が、唯一の理解者だったのだ。そんな父まで、『別れろ』と言う。ただ、父の纏う空気や表情は、重い。逆上しそうな感情を抑え込み、訊いた。
「何でだよ……」
父は言うべきか悩んだのか少し黙り、実はなぁ、と重い息を吐き出した。
「槐の家が、仕事の対象になってな」
「し、ご、と……?」
拓人はまるで幼子のように、言葉を繰り返した。
「子どもは生かすが、何分、規模と状況がな……」
「ちょ、ちょっと待てよ! 仕事ってつまり……」
父が、大規模な仕事に赴く時の内容は、決まっている。十中八九、標的の殺害だ。
「お前は知らねぇだろうけど、彩花の実家は結構過激な反社会勢力でな。とうとう、殲滅依頼が来ちまったんだわ」
「は?」
知らない。一切、聞いていない。いつも穏やかに微笑んでいる母親の実家の実態など。
そして、あんなに明るく素直で前向きな少女の実家が、ゴリゴリの反社会組織だなどと、誰が想像出来ようか。
拓人はぐるぐると考え、考え、考えたが、やはり答えは出ない。何故ならば、本人の口から、家の事を全く聞いていないからだ。彼女の考えも、立場も。
拓人も特殊な家柄なので、彼自身、家業の事などは一切口にしてはいない。しかし、つまり、相手も同じ立場で、言うに言えなかっただけなのだろう。それが、父の口から聞かされた。それだけの事だ。
だが――。
「何で、そんなヤベェ家の人間だって言わなかったんだよ!?」
父は眉を寄せた。
「んなモン、言ったからってどうなるんだよ。家柄云々の事ぁ、ウチも似たようなモンだろうが。まぁ、俺が伝えて『なら別れます』っつー程度なら、それまでだけどな。言っとくけど、俺ぁ『別れろ』とは言ってねぇ。『別れた方がいい』つっただけだ。助言はした。後はお前が決めろ」
そう。この父親は、よくもわるくも放任なのだ。
否、この男自身、どう言葉を掛ければ正解なのか思いあぐねているのだ。そんな事は息子の理解の外側にあるのが、かなしいところでもある。




