第三十二話『薬マニアと魔女と黒尽くめの』―1
福岡でシンジが旅立ちの準備をしているのと同時刻――《自化会》本部。
その少女は、《自化会》本部の中央入口に立っていた。透けるような金髪を後ろで編んだ少女。ワインレッドを基調にしたカントリーファッションが異様なほど様になっている立ち姿に、何人か吐息を漏らしながら通り過ぎる。そんな連中は眼中にないとでも言うように、少女は気に留めない。
空は青から紫、更に紅く変化している。長く伸びた影に、闇が近付くのを感じながら、少女は息を吐いた。
(騒がしいわね)
いや、会員の多くが通う学校が襲撃されたのだから、騒がしくて当然だ。
目を伏せる。長い睫毛が白い肌に濃い影を落としたが、それを間近で目撃したのは一人だけだった。
「光さん? 今日、翔さんは来てませんけど……どうかしたんですか?」
翔の後輩にあたる、後藤東陽だ。人のよい笑顔で立っている。夕陽に照らされ、端正な顔の輪郭が、はっきりと浮いて見えた。
口元のホクロがなければ、光は気付かなかったかもしれないが……。
「あら、東陽君。ごきげんよう。賑やかだけど、何があったの?」
理由は知っているが、知らないふりをして訊いてみた。何も知らないふりをしていた方が、都合のいい時もある。
「僕たちの通う学校に、例の合成生物が現れたんです。それで、会員が一人犠牲になりまして……」
翔でなければいい。光は真っ先にそう思った。まぁ、わけの分からない合成生物なんかに翔がやられるとも思っていないのだが。尤も、彼の者は自宅療養中である。
ただ、犠牲者が出たとなるといい気はしない。自分の家系から出た書物が原因でこのような事態になっているのなら、尚更だ。
(お兄ちゃんに『学生の本分は学業だ! 学校へは行って来い!』なんて言われたから登校したけれど……。やっぱりアタシも日中、お兄ちゃんと行った方が良かったかしら)
犠牲者の話題が出た途端、話が現実味を帯びてきた。自分の通う高校に来たという合成生物の犠牲者が出ていないかも、気掛かりだ。そんな事を考えていると、東陽が顔を覗き込んできた。
「ところで光さんは、どちらに行かれてたんです?」
「学校帰りに友達とお茶して……」
はた、と言葉を止める。何か引っかかる。
「何でアタシがどこかへ行っていたと思ったの?」
光の出で立ちは、教科書の入った鞄を背負い――学校帰りそのものだ。
え、と東陽は小首を傾けた。
「……だって、学校帰りにしては、時間が遅いじゃないですか」
「ふふ。そうね」
光は納得する。些細な違和感も気になるほど気を張っていた事に対して自嘲すると、肩の力を抜いた。
「高圧的でごめんなさい。大変な時に悪いけれど、洋介さんはどこかしら」




