第三十一話『青の四天王』―4
ミコトの言った通り、シンジは自室に居た。
自前のベッド、自前の布団の中で、寝息をたてている。ダブルベッドだが、眠っているのはシンジのみ。こんもりとした掛け布団が、呼吸に合わせて上下している。
シンジが寝返りをうったと同時に――、
バッターン! と、騒音とも呼べるドアの音と共に足音がババンと押し入り、シンジはベッドからドスンと落下した。モコモコの掛け布団が後を追う。
状況の把握に至らないシンジに掛け布団越しに跨がると、ユウヤはまだ覚醒しきっていない塊を、両手で叩いた。
「シンジ起きろ! 仕事だ!」
「ふぇ? ユウヤ君? 仕事? ボク、出勤時間はまだ……」
「ちげーよ! 四天王の仕事だバァカ!」
モコモコ巨体は寝ぼけ眼を擦る。年下に偉そうに命令されても気にしない。ユウヤは《天神と虎》のメンバーではないが、四天王にとってはボスのようなものだ。逆らいはしない。逆らえない。
逆らった者の末路は、嫌という程見てきたからだ。
しかし、言い分はある。
「じゃあ、店はどうすればいいのかな……」
控えめに訊ねてみれば、「んなモン休めよ!」と怒鳴られて終了。シンジはオーナーへ連絡し、布団にくるまったままユウヤに向かって正座した。
「で、仕事って?」
頭から布団にすっぽり覆われた状態だが、シンジの瞳は輝いている。次に来る言葉を待ち焦がれているようだ。さながら、命令を待つ犬。
「シンジには横浜へ行ってもらうから、準備してくれ!」
ほえ? と間の抜けた音を口から発し、シンジは首を捻る。普段は自分の事など気にも留めないユウヤだ。そんな彼から直々に仕事の話をされた! と喜んだシンジだったが、想定外の命令をされて頭の中がプチパニックを起こしている。
「ゆ、ユウヤ君……? そんな、急に……、えっと、何でボクなのかな……?」
自分には仕事もあるのに、何故そんな遠くまで行かなければならないのか。シンジはそう思う。だが、全てを口に出すのは憚られた。
責めているわけでもないのに勘違いされ、殺されてはたまったものではないからだ。今まで、そんな連中を何人も見てきた。だがユウヤは、自称、仲間意識はかなり強い方――だ。
ユウヤの言う“仲間”とは、自分に付き従い、自分を尊重し、自分の邪魔にならない者をいう。裏を返せば、ユウヤの言うことを聞き、ユウヤを立て、ユウヤが有利になるよう立ち振る舞えば、地位は保証される。
シンジは、世渡りが上手い。その自負もある。相手が望むものを、意向に沿うよう差し出す。だからこそ、ホストとしても、《天神と虎》でも、生き残ってこられた。
「取り敢えず相手の力量をはかるには、お前が適任だろ」
つまり、噛ませ犬かぁー。と、シンジも察した。モコモコの布団の中で。だが、反論は許されない。
「そうだね。行ってくるよ」
「7時に西鉄天神発予約したから、頼むわ」
「ええええ!? 準備しなくちゃ! ちょ、わっ!」
どしぃん!
布団を踏みつけ、盛大に転んだ。部屋が揺れる。
涙声で、いたたた……、と蹲っているシンジに、ユウヤの罵倒が飛ぶ。
「てめっ! このデブ! 部屋壊すんじゃねーぞ!」
じゃあな! 頼んだぜ!
言い残し、ユウヤは退室した。
残されたシンジは太く長い溜め息を吐くと、転がるように荷造りを始めたのだった。




