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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第三十・五話『不死鳥と蛇』





 合成生物(キメラ)が襲来する前日の事だ。



 爆発音が響き、続いて聞こえる少年の声。「やったー」というそれは、歓喜の言葉であるにも関わらず、抑揚がなかった。




 布の焦げた苦い臭いが鼻をくすぐる。その後すぐに、別の場所へも点火。僅かな黒煙が上がった。


「十点だー」


 またしても感嘆と思われる声。だが感情が追い付いていない。

 翔は両手を叩きながら、万歳をした。これは喜んでいるモーションだ。無表情だが。

 向かいに立っている潤は、点々と焦げた割烹着の“10点”と書かれていた右腕を眺めている。


「で、どこを狙ったんだ?」

「左腕」


 潤は左腕を見た。無傷。しかし、まさか……もしかしたら……。と、潤は翔を見た。心なしか眼が輝いてる。

 潤は左腕を上げてみた。


「翔。これは何だ?」

「右腕」

「翔。俺たちは向かい合って立っているから、これは左腕になるんだ」


 あ……。と翔は叩いていた手を止めた。後ろ――潤と同じ方向を向いて左腕を上げ、本当だ、と呟いている。

 そして背後に気配を感じた時には、翔の背中に衝撃が走っていた。勢いに耐え切れず前に倒れ込んだところを、踏み付けられる。

 ふぎゅ、と変な声を出して、翔は床に貼り付いた。


 翔の上では、小さな溜め息。次いで、背中に何かが当たる。

 翔の背中を強打した、潤の刀の鞘の(こじり)


「背中を向けるから、こうなる」


 車に轢かれた蛙のように床と引っ付いている翔から立ち昇る火炎。熱波と共に、背を踏んでいる潤もろとも飲み込んだ。


 訓練用に建てられたプレハブ小屋――今居るここだ――は、呪禁師である拓人が張った結界のお蔭で無傷だ。更に、その拓人の父親である秀貴が作った護符に守られている潤も、無傷だ。

 潤は翔の背中に足を乗せたまま、今のは三十パーセントくらいかな、と呟いている。


 炎は数秒燃え盛っていたが、程なくして鎮火。床にへばりついている翔はひと言「お腹すいた」と言い漏らして、動かなくなった。




 翔の扱う武器は剣のような刀。禁刀と呼ばれる、退魔刀だ。ただ、その扱いも見られたものではない。それどころか、翔は刃物をろくに扱った事がない。

 そんな教え子に、潤が課した訓練のひとつが、コレだ。


 左手にじゃがいも、右手に包丁。

 もうすぐ昼食。その前に、翔は台所に立っていた。勿論、昼食を作るために。


「刀とは長さも違うのに、意味あるの?」


 翔はこの訓練を舐め腐っている。文句を言った矢先、赤い噴水が翔の指から飛び出した。じゃがいもの皮と一緒に、自分の指まで削いだらしい。


「自分が今扱っている物のサイズ感も理解していないのに、更に長い刀を触らせるわけにはいかないだろう」


 潤は玉ねぎの皮を剥きながら言った。

 聞いているのかいないのか……。翔は指の傷口を舐め「まずい……」と顔を顰めている。口を離した時には、傷口はもう塞がっていた。


 切られたじゃがいもの形は大小様々で、所々朱に染まり、ヒトの食べ物ではなくなっていた。

 隣のボウルには、潤が切ったじゃがいも。サイズにも形にも大きな違いがない乱切り。面取りされたものが、水に浸かっている。


 玉ねぎも、翔が切ったものは同じような状態だ。一部みじん切り、一部くし切り、一部乱切り。


 白く濁った水を捨てながら潤は、翔に鍋の中で肉を炒め、追ってじゃがいもと人参と玉ねぎを加えるように指示を出す。その間に糸こんにゃくや絹さやの準備をして。


「翔が切った野菜は、俺と翔で食べるからな」


 不満そうな表情の翔は見て見ぬ振りをして、潤は血の付いているじゃがいもを洗い始めた。

 味付けは潤。火加減は翔が担当し、肉じゃがが完成した。


 因みに、普段天馬家の食事を作っている康成と倫はというと……。この時間を利用して、買い物や、庭の掃除などをしている。


 使った材料の切れ端で豚汁も作り、その間に出し巻き卵もこしらえて、無事に昼食が完成。これを、学校に行っている光に届ける。走って。




「片道、五十分か……」


 学校まで走ってついて来た潤が、腕時計で時間を確認。息ひとつ乱していない。


「なるべく動かさないように持って来たつもりだが、崩れていたらすまない」

「いいえ。ありがとう」


 弁当を受け取りながら、光は足元を見やった。汗でびしゃびしゃになった翔が、床にへばりついて伸びている。


 壁や柱の陰では、「東さんのお姉さんかしら」やら「何で天馬の周りは美人が多いんだ……」などという、感嘆と嫉妬の声が多数上がっている。「ところで、天馬は何でひしゃげてんだ?」という疑問の声もあるが、翔の事はさして気に留められていない。


「ひ、光……」


 未だに息の荒い翔が、震える手を光へ差し出した。疲労によって、顔が青い。


 光はしゃがみ込み、翔の手を取った。すると、翔の顔色は回復し、息は整い、汗が引いた。光の手を握ったまま、翔は立ち上がる。


「俺、がんばる」


 と言い残し、翔は潤と共に立ち去った。


「あいつ、学校休んでんのに何してんだろ」


 という一般生徒の疑問は、回答者不在で解決には至らなかった。




 電車を使って天馬家に帰った二人は、昼食を摂った。翔は干からびかけていたが、腹が満たされて満足したらしい。……クズのような形の野菜の、クズのような煮物――翔の味付け――だったが。


 潤も、文句のひとつも言わずに平らげた。みりんと酢、酒とサイダーを間違え、和だしの代わりにコンソメが入った、何かを。醤油が大量に入っていたので、茶色かった、何かを。


 潤は食後、十分間ほど部屋に引っ込んでいたが……文句はひと言も、発さなかった。


 そして、訓練に戻った。


 午後は翔も武器を手にしている。透明感の強い刀身が特徴の刀。金属というより、鉱物に近い素材のようだ。とても軽く、刀身自体に重みはほぼない。筒型の柄の部分のみ、存在感がある。


 元々、魑魅魍魎の(たぐい)の霊魂を浄化するための刀なので、対人用の武器ではない。


「と、いうわけだから、翔の刀は、刀として使うには軽すぎる」

「潤も刀を使うんでしょ? 俺、刀の重さって知らないんだよね。ちょっと持たせて」


 潤が翔に刀を持たせてみれば、一瞬で床に落とされた。潤の表情が凍りつく。だが、潤も潤で、いつも表情があってないようなものなので、鈍感すぎる翔は当然の如く、全く気に留めない。


「ちょっと大きいなって思ったけど、何コレ。刀って、こんなに重いの? こんなの振り回すなんて、お侍さんって皆化け物なの?」

「俺のは太刀だし……刀身に使っている物質も、鉄とは違うから……」


 ささっと床から自分の刀を拾い上げ、さっと両手に収めて、潤は言う。


 鉄で作られている刀は、人を斬れば油で錆び、唾が付いただけで錆び、ただ保存しているだけで錆びる。更に、使う度に研がなければならず、刀身はなくなっていく。

 《P・Co》の刀鍛冶が手掛ける刀剣類は、そういったマイナス面をカバーするように作られている。


「元々、刀は“刺す”物だから、振れなくても問題はない。俺は、切り口から熱を込めて、血液を沸騰させる。刃を抜く時に傷口を焼き、出血を抑える。だから、刀身は熱に耐えられなければならず……」


 と説明をしていた潤だったが、翔が目を丸くして固まっているので、言葉を止めた。潤が、どうした? と問うと、翔は無表情ながら深刻そうに唸る。


「俺じゃ跡形もなく蒸発させちゃうよ」

「俺と同じ手法じゃなくていい。翔の刀は軽いから、真っ直ぐ振るところから始めるか」


 潤は、ぺたり、と壁に紙を貼り、縦に一本の線を引いた。


「なぞるように切ってみろ」


 言われた通り、翔は刀を振る。潤の予想と反して、翔は綺麗に切っ先で線をなぞった。線どころか、紙にも当たらない事を覚悟していた潤は、感嘆の声を上げる。


「すごいな。包丁の扱い方から、もっと的を外すかと思った」

「俺、この刀の扱いだけは父さんから教わってて、ちょっと得意なんだ」


 フォン、と軽く空を切り、翔はドヤッと得意げに刀を構えた。凌と戦った時に見せた、打者の構え。


「……うん。分かった。構えは俺が少し直してもいいか……?」


 潤は自分の額に手を添え、重く深い息を吐き出した。







挿し絵が間に合いませんでした……。


次話から、第四章になります。

宜しくお願い致します!

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