第三十話『金髪の』―5
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秀貴と雪乃は、高等学校の中庭を走っていた。
明日に控えた文化祭のために出されたテントが、虚しく立ち並んでいる。
「宜しいんですか?」
足は止めず、雪乃は秀貴に訊いた。
雪乃はエプロン姿で、手には大きな箒を持っている。
否、異常なまでに大きなハエトリグサだ。Venus Flytrapともいう。女神の睫毛に見立てられた棘を合成生物の死骸に当てれば口が開き、食して消化をしてくれる。
箒と塵取りの役割をこなす、掃除道具――雪乃の大切な相棒だ。
余談だが、雪乃の使う箒型ハエトリグサの名前は、ディアという。学名のディオネアから取ったのだとか。
ディアの便利なところは、有機物も無機物も消化出来る事だ。
異常発達した毛虫は勿論、他の合成生物が身に着けている服なども綺麗に消化する。しかも、それがなかなかの早さだ。
本来ハエトリグサに舌はないが、ディアからは青紫色の舌がベロリと伸び、周りの血液なども舐めとって綺麗にしてくれる。
“宜しいんですか”という質問に対する答えは先送りし、秀貴は雪乃に止まるよう指示した。
足元には、倒れた人面蜂。臀部の針は、血塗れだ。
首には、ゴキブリ人間やカマキリ男のように、首輪が着いている。秀貴は、その首輪を指差した。
「俺が触ると壊しちまうかもしれねーから、雪乃頼むわ」
雪乃は人面蜂の首輪を調べつつ、注射器を取り出して蜂女の血液も採取し始めた。
「首輪は、発信器でしょうか……。GPSなどの機能があるようです。あと、少量の四硝酸エリスリトールが確認出来ます。遠隔操作で電気を発生させて、爆発させる仕組み……のようです」
「命令違反した奴を殺す為の装置って事か」
もう片付け良いぞ。と指示が出たので、人面蜂もディアの中へ消えていった。
「朱莉さんは、可愛らしい方ですよね」
唐突に話題を変えられ、秀貴の眉間に二本の皺が出来た。
「怒らないでください。やはり血縁者ですね。お二人の面影が感じられます」
「無駄口叩いてねぇで、先行くぞ」
地面を蹴った秀貴に遅れ、相手に聞こえもしない返事をして、雪乃も続く。
「朱莉の血縁者皆殺しにしたのは俺だからな。恨まれこそすれ、慕われる筋合いはねぇ」
先程『無駄口』と言った本人から会話を続けられ、雪乃は苦笑したいのを堪えて耳を傾けた。
(本当にこの人は、素直じゃないんだから)
内心呟く雪乃の事は振り向かず、秀貴は階段を上がる。着物と雪駄で、トン、と中二階まで跳ぶと、角度を変えてまた跳ぶ。
二階に到着すると、秀貴は雪乃を振り向いた。
「ところで、拓人に女の影はあるのか?」
ドンッ! ゴトッ! ズザザザッ!
しー…………ん…………。
秀貴の視線の先には、うつ伏せに倒れた雪乃の姿。階段の中二階に、張り付いている。
少し経ち。うん、とも、すん、とも言わなかった雪乃が、のそりと上体を起こす。
額に血が滲んでいるが、その赤より更に顔を赤く染め、痛みから潤んだ瞳でもって秀貴を見上げた。
「秀貴さんは、い、意地悪です!」
「さっき俺の事嗤った仕返しだ」
「わ、わ、わらってなんかいません!」
「ボーッと眺めてて、他の奴に取られても知らねーぞ」
雪乃が真っ赤な顔で口をパクパクさせるものだから、秀貴は心中で、餌を食う金魚かよ、と嘆息した。
「そ、そ……そ…………その時は、その時……です」
意気地がねぇなぁ、と呆れれば、雪乃は黙ってしまった。
「ま、竜忌にだけは取られねぇよーにしてくれよな」
そう言って、秀貴は角を曲がって消えた。
「本当に、意地悪です……」
誰も居ない空間で呟くと、雪乃はディアの柄――厳密には茎――を掴み、秀貴の後を追った。
「これは……一宮威君……ですか?」
熱を持たない知人を前に、雪乃はしゃがみ込んだ。もう死後硬直が始まっている。本物のマネキンのように硬くなりつつあるソレを前に、雪乃は手を合わせた。
「身元は俺が保証する」
「それでは、回収して本部へ届けますね」
雪乃が右手を開くと、風船葛が現れた。それは次第に大きくなり、人が入れる程の大きさにまで膨らんだ。
風船葛は、動かぬ威を“収納”すると、見る見る小さくなって、雪乃のウエストポーチに収まった。
「他に、亡くなった方はいらっしゃいますか?」
「一般の生徒が三人。いずれも外傷による失血死だ。竜真さんが対応したから、遺体の扱いについては竜真さんに聞いてくれ」
「分かりました」
雪乃は頷くと、辺りに散らばっている毛虫の死骸をディアに喰わせ始めた。
掃除をしながら雪乃は、
「宜しいんですか?」
と、先刻と同じ質問を繰り返す。
「良くはねぇけど、いいんだよ」
ぶっきらぼうに答えた秀貴に、雪乃は肩を竦めた。
「尚巳君の時も、貴方はそうおっしゃいましたよね。他の会員さんに示しがつきませんよ?」
「お前、結構厳しいな」
「規則ですので。会長には報告させていただきます」
「好きにしろ」
毛虫は脈動を感じられなくなった蛹も含め、跡形もない。辺りに散らばっていた毛針も、綺麗さっぱりなくなっている。
さっきまでここで喚き散らしていた少年の姿を脳裏に浮かべ、秀貴は溜め息を吐き出した。
 




