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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第三十話『金髪の』―5


◆◇◆◇




 秀貴と雪乃は、高等学校の中庭を走っていた。

 明日に控えた文化祭のために出されたテントが、虚しく立ち並んでいる。


「宜しいんですか?」


 足は止めず、雪乃は秀貴に訊いた。


 雪乃はエプロン姿で、手には大きな(ほうき)を持っている。

 否、異常なまでに大きなハエトリグサだ。Venus(ヴィーナス) Flytrap(フライトラップ)ともいう。女神の睫毛に見立てられた棘を合成生物の死骸(ゴミ)に当てれば口が開き、食して消化をしてくれる。

 箒と(ちり)取りの役割をこなす、掃除道具――雪乃の大切な相棒だ。

 

 余談だが、雪乃の使う箒型ハエトリグサの名前は、ディアという。学名のディオネアから取ったのだとか。


 ディアの便利なところは、有機物も無機物も消化出来る事だ。


 異常発達した毛虫は勿論、他の合成生物が身に着けている服なども綺麗に消化する。しかも、それがなかなかの早さだ。

 本来ハエトリグサに舌はないが、ディアからは青紫色の舌がベロリと伸び、周りの血液なども舐めとって綺麗にしてくれる。


 “宜しいんですか”という質問に対する答えは先送りし、秀貴は雪乃に止まるよう指示した。


 足元には、倒れた人面蜂。臀部(でんぶ)の針は、血塗(ちまみ)れだ。

 首には、ゴキブリ人間やカマキリ男のように、首輪が着いている。秀貴は、その首輪を指差した。


「俺が触ると壊しちまうかもしれねーから、雪乃頼むわ」


 雪乃は人面蜂の首輪を調べつつ、注射器を取り出して蜂女の血液も採取し始めた。


「首輪は、発信器でしょうか……。GPSなどの機能があるようです。あと、少量の四硝酸(ししょうさん)エリスリトールが確認出来ます。遠隔操作で電気を発生させて、爆発させる仕組み……のようです」

「命令違反した奴を殺す為の装置って事か」


 もう片付け(かたして)良いぞ。と指示が出たので、人面蜂もディアの中へ消えていった。


「朱莉さんは、可愛らしい方ですよね」


 唐突に話題を変えられ、秀貴の眉間に二本の皺が出来た。


「怒らないでください。やはり血縁者ですね。お二人の面影が感じられます」

「無駄口叩いてねぇで、先行くぞ」


 地面を蹴った秀貴に遅れ、相手に聞こえもしない返事をして、雪乃も続く。


朱莉(あいつ)の血縁者皆殺しにしたのは俺だからな。恨まれこそすれ、慕われる筋合いはねぇ」


 先程『無駄口』と言った本人から会話を続けられ、雪乃は苦笑したいのを(こら)えて耳を傾けた。


(本当にこの人は、素直じゃないんだから)


 内心呟く雪乃の事は振り向かず、秀貴は階段を上がる。着物と雪駄で、トン、と中二階まで跳ぶと、角度を変えてまた跳ぶ。


 二階に到着すると、秀貴は雪乃を振り向いた。


「ところで、拓人に女の影はあるのか?」


 ドンッ! ゴトッ! ズザザザッ!


 しー…………ん…………。


 秀貴の視線の先には、うつ伏せに倒れた雪乃の姿。階段の中二階に、張り付いている。

 少し経ち。うん、とも、すん、とも言わなかった雪乃が、のそりと上体を起こす。


 額に血が滲んでいるが、その赤より更に顔を赤く染め、痛みから潤んだ瞳でもって秀貴を見上げた。


「秀貴さんは、い、意地悪です!」

「さっき俺の事(わら)った仕返しだ」

「わ、わ、わらってなんかいません!」

「ボーッと眺めてて、他の奴に取られても知らねーぞ」


 雪乃が真っ赤な顔で口をパクパクさせるものだから、秀貴は心中で、餌を食う金魚かよ、と嘆息した。


「そ、そ……そ…………その時は、その時……です」


 意気地(いくじ)がねぇなぁ、と呆れれば、雪乃は黙ってしまった。


「ま、竜忌にだけは取られねぇよーにしてくれよな」


 そう言って、秀貴は角を曲がって消えた。


「本当に、意地悪です……」


 誰も居ない空間で呟くと、雪乃はディアの柄――厳密には茎――を掴み、秀貴の後を追った。




「これは……一宮威君……ですか?」


 熱を持たない知人を前に、雪乃はしゃがみ込んだ。もう死後硬直が始まっている。本物のマネキンのように硬くなりつつあるソレを前に、雪乃は手を合わせた。


「身元は俺が保証する」

「それでは、回収して本部へ届けますね」


 雪乃が右手を開くと、風船葛(ふうせんかずら)が現れた。それは次第に大きくなり、人が入れる程の大きさにまで膨らんだ。


 風船葛は、動かぬ威を“収納”すると、見る見る小さくなって、雪乃のウエストポーチに収まった。


「他に、亡くなった方はいらっしゃいますか?」

「一般の生徒が三人。いずれも外傷による失血死だ。竜真さんが対応したから、遺体の扱いについては竜真さんに聞いてくれ」

「分かりました」


 雪乃は頷くと、辺りに散らばっている毛虫の死骸をディアに喰わせ始めた。


 掃除をしながら雪乃は、


「宜しいんですか?」


 と、先刻と同じ質問を繰り返す。


「良くはねぇけど、いいんだよ」


 ぶっきらぼうに答えた秀貴に、雪乃は肩を竦めた。


「尚巳君の時も、貴方はそうおっしゃいましたよね。他の会員さんに示しがつきませんよ?」

「お前、結構厳しいな」

「規則ですので。会長には報告させていただきます」

「好きにしろ」


 毛虫は脈動を感じられなくなった蛹も含め、跡形もない。辺りに散らばっていた毛針も、綺麗さっぱりなくなっている。


 さっきまでここで喚き散らしていた少年の姿を脳裏に浮かべ、秀貴は溜め息を吐き出した。


 


挿絵(By みてみん)

挿し絵にする程でもない、落書き雪乃。





これにて第三章終了です。

ご高覧、有り難うございます!


次回、幕間を挟んでから第四章へ入ります。

引き続き、お付き合い頂けると幸いです!

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