第三十話『金髪の』―2
「え……?」
威と浩司の声がハモった。
「だから、俺がこの学校ん中に居る生き物を根絶やしにするっつったんだよ」
苛立ちを見せながら秀貴が言い直すと、二人は謝罪しながら姿勢を正した。
青い顔のまま、威が訊ねる。
「“生き物”って……オレたちは……?」
「いやいや、まずは皆殺しってトコに突っ込めよ! しかも、この棟だけでもかなりの広さだぞ!?」
「秀貴君の能力が及ぶ範囲は、この学園の敷地全体を覆える広さだから。気を付けてね」
浩司の疑問にやんわり答えたのは、新たに現れた金髪の中年男性だ。
ウェーブ掛かった黄金色を、首元でひとつに結っている。秀貴とは違いジャケットは羽織っているものの、カジュアルな服装だ。口調も表情も、実に柔和である。
「学校関係者たちは各体育館に避難したよ。怪我人の治療も順調。勿論、結界も完璧。何せ、秀貴君の作ったお札だからね」
元掃除屋、藤原竜真。喫茶店“仏々”を命名したオーナーであり、竜忌の父である。
「どうも。秀貴君のマネージャーをしている、藤原竜真です。三人とも、よくがんばったねぇ。お陰で、被害は最小限で済んだと思うよ」
竜真がにこりと笑うと、威と浩司の表情も幾分和らいだ。空気がふわりと軽くなった気さえする。
しかし、秀貴が口を開くと、空気が再び張りつめた。
「この教室を結界で囲む。お前らも入れ。絶対に出るなよ。俺ぁ屋上へ行く」
「副会長、私も一緒に……」
言い掛けた朱莉だったが、無言の拒絶を感じて口を閉ざした。深呼吸を挟み、軽く頭を下げる。
「すみません。お気をつけて」
「僕はどうしよっか?」
竜真が訊くと、秀貴は中に居る怪我人の状態確認を頼み、消えた。“消えた”ように見えたが、廊下をひと蹴りし、飛ぶように跳躍したのだ。
足元が足袋に雪駄だとは思えない疾さだった。
その様子を見慣れている竜真は、
「さぁ。中に入ってね。僕は結界用のお札を貼ってくるから」
と《自化会》会員の三人を教室内へやると、廊下側の二点に札を貼りに歩いていった。
「嵯峨と副会長は、何で仲がよさげなんだ?」
浩司の質問に朱莉は、顔を背ける。
「副会長は、オレたちのグループの特別講師だからね! 朱莉ちゃんは、よく訓練しに格技場に籠ってるし!」
威の見解に対しても朱莉は、うん、とも、すん、とも言わない。
「まさかお前……副会長と援助交際……」
「えええ!?」
言い掛けた浩司の言葉を掻き消す、威の叫び。驚愕に見開かれた瞳に映る少女は、心底嫌そうな――ゴミ虫を見るような表情をしている。
「違う。副会長を侮辱したら殺す」
冗談だって、と半笑いで言うのは、先程まで真顔だった浩司だ。
威はひどくほっとした様子で、胸を撫で下ろした。
「はーい。なるべく教室の真ん中に寄ってねー」
竜真の呼び掛けに応え、お化け屋敷となっている室内の中央に、教師や生徒も集まる。
グラウンド側の遮光カーテンは朱莉の人形が持っていった事もあり、取り外されている。夕陽は、もう山の向こうへ消えようとしていた。
群青、紫、赤、橙のグラデーションが、美しくもあり不気味でもある。
逢魔時と呼ぶに相応しい、混沌とした色。
毒の痛みや痺れから解放された女子生徒は、そんな空を眺めていた。安堵の吐息が、艶やかな唇を僅かに震わせた。
しかし、瞬く間にその唇は強張り、違う震えを伴い、叫び声を発した。おとなしそうな見た目からは想像のつかない、頭の先から発せられた、空気をつんざくような悲鳴。
窓の外に、合成生物が飛んでいる。人間の顔に、頭から生えた触覚、黄色と黒の縞模様……臀部の立派な針。針というより、三角コーンに近い。血にまみれているのか、赤く染まっている。
女子生徒は、合成生物とは逆方向へ転がるように走った。パニックを起こしているらしく、周りの呼び止めにも反応しない。廊下側の扉へ向かって、躓きながらも突き進む。
「教室から出たら駄目!」
朱莉が叫ぶが、女子生徒には届かない。追い掛け、手を掴もうと腕を伸ばしたが、僅かの差で、掴めたのは空気のみだった。
女子生徒は勢いをつけたまま引き戸に手を掛け、教室から飛び出した。




