第三十話『金髪の』―1
殺される!
朱莉は一切の疑いも持たず、確信した。こんな時、叫び声のひとつも出やしない。ただ、息を飲んで目を固く閉じるのみだった。
ドサッ、と自分に何かがのし掛かってきたのは、死を覚悟してから二秒経った頃だ。
重い、と思った。首が折れそう、何これ。とも。
しかし体は動かない。少し頭を動かすと、“何か”はバランスを崩し、朱莉の視界を徐々に明るくした。
「ガキども、状況を説明しやがれ」
聞き覚えのある声。一番聴きたかった声だ。いや、一番聞きたくなかった声かもしれない。だが、朱莉を動かすには充分すぎるひと言だった。
「秀貴さん……!」
今まで動かなかった体が、嘘のように跳び跳ねる。ドサリと“何か”――動かなくなったカミキリ男――がずり落ちたが、朱莉の視界には入らない。
しかし、鳶色の、鷹のような眼で睨まれ、朱莉は言葉を改めた。
「す、すみません。副会長……。何で、高校に……?」
《自化会》副会長、成山秀貴。数日前まで、彼の姿を見た者は《自化会》内でもほんのひと握りしか居なかった。そんな男だ。
癖のない金髪に、和装という出で立ち。両手首には、三種類の数珠が付けられている。
それ以上に目立つのは、彼の周りを取り囲んでいる札だ。
数枚の札は、秀貴との距離を一定に保ったまま、彼の周りを浮遊している。
秀貴は質問に答える代わりに、朱莉に札を一枚飛ばした。そのまま逆方向にある、黒いカーテンに覆われた教室に目を向ける。
「そこに隠れてる《自化会》のガキども。説明しろっつってんだよ」
殺される! と、教室内から悲痛な叫びが廊下まで届く。少しの押し問答を経て、威と浩司が暗い部屋から出てきた。
ビクビク震えている威に代わり、浩司が説明をした。
《天神と虎》が合成生物を造り、この学校を襲わせた事、怪我人が多数出た事、高校に居る《自化会》のメンバーは一般生徒の救助や援護に行っている事、教室内に居る怪我人は威の薬で回復した事、掃除屋に連絡した事を。
「他の生徒や教師は体育館に避難させた。そこで、元掃除屋が状況と記憶の掃除中だ。俺が見たとこ、この敷地内に居る人間はここに居るだけで全部だな」
秀貴は、萎縮してしまっている威を横目で睨むと、座り込んでいる朱莉の前に片膝を突いた。
「大丈夫か?」
「ひで……いえ、副会長のお札のお陰で、毒は消えました。有り難うございます」
刺さっていた毛針を抜き終わった朱莉だが、顔は伏せたまま、上げようとしない。そんな彼女の口から出たのは、謝罪の言葉だ。
「すみません。副会長に、有事の際の対処法と、戦い方を教えてもらったのに……。怪我人がたくさん出てしまった上に、こんな、私、怪我までして……また、助けてもらって……」
己を呵責する。唇も、肩も、瞼も震わせて、顔を上げられないまま。
「何言ってんだ。俺が教えた事、全部出来てるだろ。お前はよくやったし、よくやってる。そんな些事より、自分の心配をしろ」
声はぶっきらぼうだが、その言葉は朱莉の顔を上げさせた。
涙の溜まった赤い目に、紅潮した頬。いつも表情が乏しく、澄ました顔を思わせる朱莉とは別人のようだ。
威は二通りの意味で言葉も出せず、立ち尽くしている。一つは「朱莉ちゃん可愛い!」で、もう一つは「副会長なんかめっちゃ怒ってる!? 恐い!」だ。
顔が、赤くなったり青くなったりしている。
そんな威の横で、浩司は気を付けの姿勢を少し崩し、秀貴に訊いた。
「副会長は、何でここに居るんですか?」
先に朱莉が投げた質問を繰り返す。
「空港から本部へ向かう途中に、奇妙なモンが見えてな。寄り道したら、コレだ」
まぁ、結果的には寄って良かったけどなぁ……。と嘆息しながら腰に手をあてた。手首の数珠が擦り合い、軽い音を刻む。
「問題は、校内に虫モドキがまだ三十体くらい居る事だな。人間サイズは多かねぇが、そこに転がってる芋虫より小せぇサイズはかなり居るぞ」
秀貴の言葉を聞き、威が更に青ざめた。
「そんなの、見付けられませんよぉ!」
「うっせーな。見付ける必要ねぇよ。俺がまとめて、殺してやっから」
乗り掛かった船だかんな、と気怠げに首を掻く秀貴。
威と浩司は、二人同時に瞬きをし、顔を見合わせる。
秀貴は、会員三人にこう言った。
「この校舎の中に居る生き物全てを殺す」




