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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第二十九話『もうひとつの高校』―5


「やべぇ! 羽化しそうじゃねーか!」


 浩司が警鐘を鳴らしたと同時に、繭から成虫が生まれ出た。

 蛾だ。山吹色(やまぶきいろ)の毛に覆われた体から、同じような色の羽が生えている。


 羽を閉じた状態で、幼児ほどの大きさだ。


「やっべーって! キモい!」


 毒に侵されている威はそれどころではないが、浩司と朱莉も、威に構っている場合ではない。ふさふさの蛾が、鱗粉(りんぷん)を撒き散らしながら飛んでいるのだ。


「何だよあの粉! 絶対(ぜってー)毒だろ!」

「毒を持っている蛾は、全体の一パーセントほどの筈だけど……。繭が毒を持っていたんだから、常識は通用しないのかも。でも多分、アレは鱗粉じゃなくて、針」


 どっちでもいーんだよ、んな事は(こたぁ)! 叫びながら、浩司は跳躍した。浩司の居た場所に、細い毛針が突き刺さる。


「風下に居るだけでやられるじゃねーか!」


 役に立たない竹槍をもて余している浩司に、小さな人形が遮光カーテンの切れを差し出した。幼虫の放った毒針は、外されている。


「その竹に結めば、少しは針が防げる筈」

「嵯峨はどーすんだよ?」

「私は新しい仲間を連れてくる。それまで耐えて」


 浩司が、へ? という間抜けな声を発した時には、朱莉は教室内へ消えていた。


(あいつ、一人だけ避難しやがった!)


 バッサバッサと、左右に大きくカーテンを振って毛針を防いでいる浩司は、大きく舌打ちした。今まで散々竹槍で合成生物(キメラ)を倒してきた腕は、限界に近い。筋肉が痙攣を始めている。


 そもそも、浩司の専門武器は銃だ。棒でも槍でもない。不馴れな長い得物を振り回し、普段使わない筋肉を酷使して戦ってきたのだ。


 しかも、自分の相方である威は毒にやられて動けない。他の教師や生徒の容態も気になる。


 浩司はやっとの思いで、毛針を撒き散らす蛾を叩き落とし、腹を竹槍の切っ先で突き刺した。


 同時に、(ふく)(はぎ)に激痛が走った。


 倒れている皆を早く助けてやりたい、という気持ちばかりが先行し、這って近付いてきていた幼虫に気付かなかったのだ。


 動かなくなった巨大な蛾の傍らで片膝を突いた浩司に、幼虫の針が再び襲い掛かる。


(ヤベッ! 動けねぇ!)


 迫る針に背を向けている浩司は、防ぐ事を諦めて、体に力を入れた。

 だが、先程の様な激痛はない。それどころか、針が刺さってもいない。


 浩司が後ろを振り返ると、そこには骸骨が立っていた。黒いカーテンを、闘牛士の様に翻して。


「お待たせ」


 今しがた朱莉が消えたのは、遮光カーテンに覆われた教室だった。一部のカーテンは剥ぎ取られているが、それを構えているのは、骨格標本の“コッコちゃん”だ。夏の肝試しや、文化祭のお化け屋敷で大活躍する、生徒の人気者である。


 このクラスは、明日の学園祭でお化け屋敷をする為、コッコちゃんが居たらしい。更に、教室から何かが飛び出してきた。


 マネキンだ。白装束を着て、頭には三角の白い布――天冠(てんかん)が巻かれている。明日の日中に活躍する筈の彼――彼女?――は、両手に持ったカッターナイフを振りかざし、幼虫へ覆い被さった。


 滅多刺しにされている幼虫を背景に、浩司は脹ら脛に刺さった針を抜く。傷は浅いが、毒は広がっている。


「威、もうそろそろ動けるでしょ。ミドリで解毒薬を作るか、怪我人を教室内へ避難させて。浩司は下がって。羽化しそうな(さなぎ)がまだ居る」


 朱莉は男二人を背に、金髪人形と幽霊マネキン、骨格標本のコッコちゃんで壁を作った。

 コッコちゃんが遮光カーテンで毒針を防ぎ、金髪人形とマネキンは残った幼虫をナイフで攻撃する。


 まさに回転人形の如く、両手に持ったナイフで幼虫を切り裂き、日本舞踊の扇を扱うように舞い、裂断していく。


 その間に、威や浩司を含む怪我人は、奥の教室内への避難を完了させた。


 廊下じゅうに幼虫の残骸が散り、体液が汚れを上塗りしている。だが、やっと動いている(・・・・・)巨大毛虫を片付けた人形たちは、朱莉の腕の指示で天井に着いている蛹に刃先を向けた。


 朱莉が右腕を振り払うと、人形たちは繭に向かって一斉に飛び掛かった。真っ直ぐ、蛹目掛けて。


 その蛹に刃の切っ先が触れた瞬間、成虫となったイラガが飛び立った。身軽な金髪人形が追随するが、柱の陰から現れた蛾の大群に叩き落とされてしまった。


 朱莉の喉元から、引き攣った声が漏れる。


 朱莉は決して、虫が得意なわけではない。どちらかと言うと苦手だ。いや、かなり苦手だ。今まで緊張感を保ち、痩せ我慢して耐えてきたが……、蛾が群れのように向かって来る姿を見て、張り詰めていた我慢の糸が緩んでしまった。


 指示の途切れた人形たちの横を、毒針が(よぎ)る。成虫の針は幼虫のものより小さく、毛髪程の太さだ。

 朱莉は咄嗟に両腕で顔面を隠したが、手の甲と剥き出しの膝周りに毛針が数十本突き刺さった。


 同時に、焼けるような痛みが患部から広がる。


 朱莉は痺れて小刻みに痙攣する手を、一度強く握りしめた。


(大丈夫。痛いけど動く。大丈夫。よく見ていれば、まだ人形を動かせる。だから、大丈夫)


 毛針が刺さったままの右手を、蛾の群れに(かざ)す。


 コッコちゃんはカーテンで巨大蛾を押さえ込み、踏みつけ、潰している。その横をマネキンが跳んで、蛾の腹をカッターナイフで切り裂く。その二体をすり抜けて向かって来る蛾を、金髪人形のナイフが貫く。


 確実に、蛾の数は減っている。

 あと少し、あと少し……。と痺れる意識を複数の人形へ集中させ続けた。


「そいつらは合成生物(キメラ)じゃなくて、キメラの子ども(・・・・・・・)なんだぜぇ。俺が連れて来たんだぁ」


 不意に聞こえた声に振り向いた時――相手の姿を確認する間もなく、朱莉は何かに殴り飛ばされた。脇腹に鈍痛を感じた一瞬後には、背中にも衝撃が走る。廊下の壁に強く打ち付けた反動で息が詰まり、呼吸が乱れた。


 意識の共有が途絶えた人形たちは、力なく廊下に転がった。


 その場から立ち上がる事も出来ず、朱莉は肋骨の痛む脇腹を押さえ、壁に背を預けたまま、声の主を睨みつける。


 額から出ている長い触覚は、黒と薄緑の縞模様。肌は薄緑がベースとなっており、黒い斑点模様が広がっている。背には細長い羽もある。

 首元には、機械のような首輪も確認出来た。


 おそらく、カミキリムシの一種と合成生物(キメラ)になった人間(ヒト)だろう。若そうだが、声は酒焼けをしているように掠れている。


 開いた口から見える歯は、鋭利でごつく、剥き出しとなっている。カミキリムシの噛む力は、体重の約二十倍。見た目から、カミキリ男の体重は六十キログラム以上はあるだろう。


 つまり、顎の力は低く見積もって1200キログラム以上。


(殴られたお陰で、助かった……。噛みつかれてたら死んでた。けど……)


 少なくとも一本は折れたであろう肋骨を体内に収め、毒の回った両脚では、立つに立てない。両手の感覚も無くなっている。


「嬢ちゃん、人形が操れるんかぁ。良かねぇ。嬢ちゃんを喰ったら、わしも人形使いになれるんかなぁ?」


 口からはみ出した牙――顎――をガチガチとぶつけ合わせながら、カミキリ男は朱莉に一歩近付いた。



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