第二十八話『骨と負傷とカマキリ再び』―4
カマキリから生えた脚は、おそらく男性のものだ。筋肉質な脹ら脛、濃い脛毛、紺色の靴下に、黒の革靴を履いている。
ただ、脚以外は立派なカマキリだ。しかも、鎌からは鮮血が滴っている。
「何あれキモいんだけどぉぉおお!!」
笑い混じりで叫ぶ界。
「界君、笑ってる場合じゃないよ。先生が怪我をしてるし、次に狙われてるの、きっと僕たちだから」
「ムリ! 笑わないなんてムリだよぉおお!」
「じゃあせめて、泣くか笑うかどっちかに……」
「だって怖いもんんんんッ!!」
目から滝のように涙を流し、ヒィヒィと笑う界の頬を、茶色カマキリの鎌が掠めた。空振った鎌は壁を抉りながら、ロッカーの上にあった花瓶を割った。花瓶と水とネリネ――ダイヤモンドリリー――が飛散する。
界は頭を守りながら、カマキリから慌てて跳び退いた。
「景は格闘技とか習ってないの!?」
「僕は対人の護身術くらいしか……」
「秘密結社の人って、皆強いんじゃないのぉ!?」
「僕は、非戦闘員の立ち位置だからね。攻め入って来た敵に、真っ先に殺されるポジションじゃないかな」
冷静に自己分析をしている景の前では、界が泣いて悲鳴を上げながらも、鎌をギリギリ躱している。景は拍手を送りたい気持ちになった。
(でも、このままじゃ共倒れかなぁ……。それにしても、福岡の件と元手が同じだとして、何でこんな離れた高校に……)
廊下に倒れている教師の状態も気掛かりだ。景が廊下に気を向けている間に、茶カマキリの鎌が景の頭部を直撃した。
界が、景の名を叫ぶ。
眼鏡が床をスピンしながらスライドし、遠退く。
倒れた景が、患部を押さえて頭を上げた。
界が吹き出す。景を指差して。
「景、ちょ! ぶっふぁ! ヒィー! 何それ! 何ソレ!」
「え、界君、何?」
頭を押さえたまま界の方を振り向いた景の目が、”6“なのだ。
「待ってー! 待って待って!! ”3“は漫画とかで見るけど、”6“!? 景は眼鏡外したら目が”6“になるの!? ちょっとカワイ……いや、キモ……、いや、えっと、キモカワイイ!」
「ろく??? ごめん、僕、眼鏡がないと何も見えなくて……何の事?」
「だからぁー! 景の目が”6“みたいな形になってるんだって、ばッ!」
ドガァ!
勢い余って振り上げられた界の拳が、茶カマキリの顎を殴打。
カマキリは二歩、後ろへよろめいた。
反射的に謝る界。
眼鏡を探す景。
怒りを露にする、生足のカマキリ。
「ア、ず……」
カマキリの発した声に、二人は同時にカマキリを見た。確かに、茶カマキリの発した声だ。
「何? 何か言いたいの?」
っていうか、話せるんだ……。と界は、警戒しながらも巨大カマキリに一歩近付いた。
カマキリは界に殴られた場所に触れたが、すぐに鎌を離して震え始めた。
「あ、鎌じゃ痛い所を押さえられないんだね」
よしよし、と撫でれば、茶カマキリはおとなしく――
バシイィッ!!
――なるわけもなく。界は鎌の背に殴られ、吹っ飛んだ。盛大な音を立て、ロッカーにぶつかり、顔面からロッカーに嵌まり込んだ。
未だ眼鏡を探している景が、床に這いつくばったまま「界君? どうしたの?」とキョロキョロしている。
バゴン、とロッカーから抜け出すと、界は鼻血を拭いながらペロリと舌を出した。
「おれは大丈夫! でもロッカーはダメだね! 先生に謝らなきゃ!」
「何が起きてるのか分からないけど……相変わらず頑丈だね。それで、立て込んでる所申し訳ないんだけど、眼鏡を取ってくれないかな」
景が頼んだと同時に、パキンッと何かが砕ける音が、室内に響いた。カマキリの履いている革靴の下で、景の眼鏡が潰されている。
「何か今、凄く嫌な音がしたんだけど……」
と、目を”6“にした景が顔面を引き攣らせている上で、茶色い鎌が振り上げられた。




