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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第三話『Peace×Peace』―1




「あっぢぃー」


 電光掲示板に標されている現在の温度からわざと目を逸らして、濁音混じりの息を漏らす。


 『35℃』。

 十月に入ったというのに、異例の暑さが都内を襲っていた。


 桃太郎の刺繍が施されたネクタイに、ピンク色のワイシャツ。

 そんな奇抜なスーツを着ているその人物は、ライトグレーのジャケットを腕に収めてうちわを振っている。

 道で配られていた、大型家電量販店の広告うちわだ。


「めっちゃ涼しい顔してっけどさ、(りょう)(あっつ)くねーの?」


 隣を歩く相方にうちわを向ける。

 『凌』と呼ばれた隣人は、黒のジャケットに白のワイシャツ、ネクタイは至って普通な、無地のダークグレーのものを着用している。

 この二人、どちらも十代後半だが、見た目は正反対のタイプである。


「暑いに決まってるだろ、馬鹿。それより尚巳(なおみ)、お前だらしなさすぎなんだよ。誰が見てるか分からないんだぞ?」


 確かに、凌が隣を見る目は冷ややかだ。


「暑いならジャケット脱げよな……見てるだけで暑苦しい」


 呟いている尚巳は、大きな目に小さな黒い瞳。

 髪は黒く、後ろを少し刈り上げている。


「クールビズは終わっただろ」


 対して、凌は茶色い目の左側が長い前髪で隠れていた。

 薄く水色がかった白髪(はくはつ)は背中まで伸び、シルバーのヘアカフスで留められている。

 因みに、この髪は染髪ではなく、地毛だ。

 左耳には、小ぶりな二連ピアスが揺れている。


 尚巳が「えー?」と不平を口にするのを、凌が前方を指差して遮った。


「もう目の前だろ。我慢しろよ」


 人差し指の差す先には、『Peace×Peace』と書かれた看板が掛かった縦長のビルが建っていた。


 ビルの六階に『P×P総合事務所』と書かれた部屋がある。

 『総合事務所』とは明記してあるが、実際には『所長室』と呼ばれている。


 それなりに広い。

 デスクむっつとは別に、テーブルにソファー、テレビに冷蔵庫に、漫画や雑誌が詰まった本棚まである。

 その他にも様々な用途に使われるであろう道具が端に追いやられていた。


 通りの見える窓際に、“所長”と手書きされた札が置かれた机があった。が、空席である。


「はっはっは! 見てみ(じゅん)! ピスミの必殺技! (グレート)・トンファー・アタック!!」


 ソファーの上で、ピンク色の、胴と手足――厳密には、前足と後ろ足――の長いウサギを振り回しながら叫んでいるのが、ここの所長である。

 灰色の髪と瞳。額の上にはゴーグルが着けられている。

 高校生――否、中学生にも間違えられそうなほど落ち着きが無いが、成人している。


 “所長席”の隣に座っている人物も、泰騎と同い年である。

 真っ赤な瞳。ミルクティーのような、アイボリーの長い髪。

 左目には『人』という字のような傷跡がある。


 副所長を務める潤は、溜め息をひとつ漏らしただけで、手元の書類から目を逸らさない。


 無視された所長は、手に掴んでいるウサギを肩に乗せ直した。


『潤ちゃん! 無視せんでよ! 見てや渾身のG・トンファー・アタック!』


 やたら甲高い声で、ピスミが吠えた――といっても、泰騎の腹話術だが。

 潤が、顔は上げずに口を開いた。


泰騎(たいき)、遊ぶなら外へ出ろといつも言っているだろう」


「え? 潤、何言うとん。外でこんな事しとったら、不審者じゃがん」


 真顔で、即答。

 潤の眉間が狭まった――と、同時に入口のドアが開いた。


「五時が来たから上がりましたー」


 十代後半であろう、少女がいた。

 黒髪黒目、左耳には黒いピアス。

 カーキ色の、ミリタリージャケット――制服ではなく、“仕事用の私服”――を着ており、左腕には『警備』と書かれた腕章を、安全ピンで留めている。


 右手には、食べかけのクレープが握られていた。


「あっ恵未(えみ)ちゃんー! 今日のは何味なん?」

「生クリームに黒豆と玄米フレークと、きな粉ですよ! あ、コレ潤先輩、好きそうじゃないですか?」

「恵未ちゃんおしい! 潤は生クリームより餡子じゃわー。あと、潤にやるんじゃったら、ワシにちょーだい!」

「良いですけど、泰騎先輩は黒豆よりラムレーズンの方が似合いますよねー」

「うん。どっちも好きじゃでー」


 泰騎と恵未が談笑していると、恵未の少し後ろから声がした。

 先程外を歩いていた二人が帰ってきたのだ。


「潤先輩はそんな甘いの食べないだろ……。それより、出先でメロンを頂いたんで、切りますね」


 凌はメロンの入っている手提げを掲げて見せた。


「今日の貢物はメロンかー。相変わらず、凌ちゃんはモテモテじゃな!」


 両手で指差され、凌が半眼で泰騎を見返す。


「貢物じゃないです。ご実家がメロン農家のお客様がいて、出荷できない規格外メロンが大量に送られて来たとかで、頂いたんです」


 凌が、箱から立派なマスクメロンを取り出す。

 規格外には見えない、立派なものだ。

 そして、メロンを手に乗せたまま室内を見回した。


「そういえば、倖魅(ゆきみ)先輩はいないんですか?」

「倖ちゃんなら、朝から情報処理室(しごとば)に閉じこもっとるで」


 口の横に生クリームをつけたまま、泰騎が答えた。


「あ、尚ちゃんのネクタイは今日も時代の最先端をいっとるな!」

「わかります? わかります!? 桃太郎の刺繍で、数本並べると物語の場面が変わるようになっていて――」


 嬉々として説明する尚巳を振り向きもせず、凌が、所長室から直結している給湯室へ消える。


 ひと息おいて、入口のドアが開いた。

 ひょろりとした人物が、ひょろりと入ってくる。


 紫色の髪と、同じ色のタレた目。

 左目尻付近にホクロがあり、左耳に三角形のピアスが揺れている。

 暑いというのに、薄手の白いマフラーを首に巻いていた。

 細身で、立ち振る舞いから一見女にも見えるが、男だ。

 このメンバーの中では一番の長身である。


「恵未ちゃんまた買い食いー? 今日のも美味しい? ボクにもちょ~だ~い。甘いのほしーい」

「倖魅、仕事終わったの? さっき泰騎先輩が食べたんだけど、それで良ければあげるわよ」


 恵未の言葉に、倖魅の表情が固まった。


「え、ヤダ。っていうかちょっと恵未ちゃん、泰ちゃんと間接キスとかやめてよー!」

「ワシは誰と間接チューしようが構わんで?」


挿絵(By みてみん)


「泰ちゃんには言ってないの! 変な性病とか伝染(うつ)ったらどうするの!?」

「ちょっ! 性病とか貰っとらんし! 誤解されるから変な事言わんでよー」

「泰ちゃん、休み毎に違う女の子やら男の子やら連れて遊び歩いてるでしょ! いつかホントに病気貰うからね!?」


 倖魅が口を尖らせていると、メロンを切り終えた凌が姿を現した。


「あ、倖魅先輩お帰りなさい。メロン頂いたんで、皆で食べましょう」

「やったー! あ、そうそう。ちょっと皆に聞いてもらいたいことがあるんだ。メロン食べながらで良いから、聞いてー」


 倖魅は爪楊枝でメロンを刺し、口へ放り込む。

 もうひとつメロンを取って、奥にある潤の席まで歩いた。


「はい。潤ちゃん、メロンとコレ」


 潤は、サイコロ状のメロンと文字の印刷された紙を受け取り、一瞥すると、嘆息した。


 倖魅は手を叩き、注目を促す。


「はーい。口を動かしながら聞いてね! 先日、広報部(ウチ)の子がふたり、情報処理中に余計なデータ……えっと、ウチの本社と《自化会》の経歴とかなんだけど。あんなことこんなことを見ちゃったみたいで、突っ走って《自化会》の人間をふたり、殺しちゃったんだ。社長の指示で、ボクと潤ちゃんで揉み消したんだけど、一応他の子たちが触発されてないか確認と釘打ちしといてー。余計なことされたら、ボクの仕事が増えるし、業務に支障も出るしね」


「へぇー……《P・Co》と《自化会》の、ねぇ……。で、そのおイタしたふたりの処罰は?」


 尚巳が聞くと、倖魅がにっこり微笑んだ。


「潤ちゃんが“厳重注意”してくれたよ。あと、減給ね。でもまぁ、会社のことを考えての行動だから、そんな酷くはないよ。減給も、来月分までと、今期のボーナス無しくらいでさ。あ、そーだ! そのボーナス分を、今年の忘年会費に回そうかなぁ。うん。今決めた! 潤ちゃんも覚えといてー」


「了解」


 答えると、潤は付箋にメモをしてデスクの端に貼り付けた。


「泰騎先輩はその事知ってたんですか?」


 恵未が聞くと、泰騎はメロンを飲み込んで答えた。


「ん。勝手に二人殺したって話? 知っとったよ。二人の首をスパーンってな。でもワシは現場主義じゃけん。裏工作はパス」


「泰騎先輩は“処刑”とかじゃないとやる気出ないですもんね」


 凌が、外したネクタイを自分のデスクの上に置きながら泰騎を見た。

 泰騎は天井を仰ぐ。


「あー……すっげぇ抵抗してくれたら、やる気出るなぁ」

「んもうー泰ちゃんのドS!」


 言いながら、泰騎の脇腹を小突く倖魅。


「えー? ワシでも、身内をやるんは、心がいたむで?」

「泰ちゃんにそんな感情あったの? ボク、初めて知ったよー。昔、キレて本社の研究員殺しまくったの、どこの誰だっけ?」


「それ言うたら、あん時、倖ちゃんもなかなかエグイ事しとったよなぁ?」

「ボクは生き残った研究員の個人情報を世間から抹消したり、泰ちゃんに殺された研究員の口座にアクセスして、口座預金を会社経由で事務所設立に充てただけだもーん」


「倖魅」


 泰騎と倖魅の様子を眺めていた潤が、口を開いた。

 場に居る一同が、一斉に目を向ける。

 倖魅が小首を傾げた。


「なぁに?」

「今日は徹夜だっただろう。今夜入っている仕事は泰騎と恵未で済ませるから、早く帰って寝たらどうだ」


「潤ちゃんありがとー! ボクなら大丈夫だよ。なんか眠気のピーク通り越して、ハイになってきたトコー。あ、ちゃんと七時になったら上がるからねっ」


 ピスミを抱いて、その場でくるくる回りながら、倖魅がウインクを飛ばした。


「えっ一緒に来てくれるの、潤先輩じゃないんですか!?」


 今にも泣きそうな恵未の勢いに、多少驚きながら、潤が応える。


「悪いが、俺は情報処理の仕事に回らなければならなくて……」


 潤の言葉を遮って、泰騎が身を乗り出した。


「恵未ちゃん、ワシの1400GTRにニケツして行こーや」


 泰騎の提案に、恵未が頬を膨らませる。


「私、バイクより車が良いです。空調利くし! あーあ、潤先輩のレジェンド乗りたかったー」

「恵未、あんま我侭言うなよ」


 呆れて凌が諌めたが、恵未は大きく溜息を吐いている。


「潤先輩は二徹じゃないんですか? 夜は倖魅先輩と情報処理室に閉じこもってたんですよね?」


 泰騎に食い尽くされそうになっていたメロンを死守し、潤に渡しながら、尚巳が訊いた。



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