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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第二十八話『骨と負傷とカマキリ再び』―2




 服を着替えた翔は、ブスッとして言った。


「康成は一々大袈裟なんだよ」


 対して康成は、心配もしますよ、などと言いながら、汗を吸って重くなったタオルを倫へ渡している。


「そんな事より、俺、凄いんだよ」


 見てて、と康成に言うと、翔は治ったばかりの自分の腕を膝で折った。パキンッという乾いた音の後に響き渡る、康成の絶叫。


「なななな何してるんですかああああ!?」


 慌てふためく康成を尻目に、翔は覚えたての呼吸法を使ってみせた。一分ほど頑張ってみたが、あまり変化はない。だが恵未は、上手に出来てるわねー、と褒めている。


 翔の頭上では、疑問符が点滅した。

 何で治らないんだろ、と息も絶え絶えに(うめ)く翔に、拓人は半眼で、告げる。


馬鹿(ばっか)お前。あれは綺麗に折れたから、余計に治るのが早かったんだよ」

「え……そうなの?」

「そーだよ。お前の骨は特に砕けやすいんだから、テキトーに折ったら粉砕して、欠片が出来るんだっつーの」


 翔はぶら下がった自分の腕を突きながら、そーなんだ、と残念そうに呟いた。

 だから、恵未さんはスゲーな、って思って見てたんだよ。拓人はそう言いながら翔の折れた腕を固定している。


「褒めてもらえて嬉しいわ。翔君は、一時間は安静にしててね」


 えええ? と不満の声をあげる翔の頭を軽く小突いて、拓人は応急措置を終えた。


「あと、普通の丹田呼吸だったら、康成さんも倫さんも翔より上手いからな」

「え、康成や倫も出来るの?」


 目を丸くする翔に、康成は眉を下げた。なにやら申し訳なさそうに、


「でも僕は只の家事手伝――」

「あら! 康成さんは、実用向きのいい筋肉をしてるわよ!」


 翔は恵未の言葉に、更に目を剥いた。ショックを受けているようにも見える。いや、確実にショックを受けている。顔面の陰影が、いつもの十倍濃い。


「康成……いつの間にそんなに鍛えて……」

「し、趣味のようなものですよ! 家事の合間に……」

「っつーか、知らなかったの翔だけじゃね? 改めて言及されるの恥ずかしいだろうから、止めてやれよ」


 拓人に言われ、翔の触角がふにゃりと垂れ下がった。


「いつも俺だけ仲間外れ……」

「いや、お前が他人に興味なさすぎるだけだろ」

「興味はあるよ。ただ、俺は俺の事で手一杯なだけ」


 拓人は、あぁはいはい、と適当に両手を上げる。康成は苦笑しつつ、翔の手当てを終えた救急箱を下げた。


「ところで翔君。(タコ)が外敵から身を守るために、俊敏に動ける理由を知ってる?」


 突然恵未から質問を投げ掛けられ、その答えを知る由もない翔が首を縦に振る筈もなかった。


「タコの体って、殆ど筋肉で出来てるの。で、その筋肉を機敏に動かす為に、心臓がみっつ付いてるのよ」

「タコすごいね」

「そうなの。それで、その心臓に大量の酸素を取り込む事で、凄い瞬発力を発揮するのよ」


 翔は何度も頷きながら、恵未の話を真剣に聞いている。


「つまり、人間の場合だと、肺を始め、体にたくさん酸素を取り込む事が必要なのよね。翔君は体質上脂肪が多いみたいだけど、原理は同じ筈よ。がんばれば、速く動けるようになるわ!」


 それから、潤先輩に教わるんだから絶対大丈夫よ! と付け加えつつ、潤を指差した。


 テーブルでは、潤が書類をまとめて封筒へ入れている。不要な書類らしきものを空中で燃やしながら、潤は恵未を呼んだ。


「先輩、お疲れ様です!」


 恵未は封筒をリュックへ入れると、確かに預かりました! と、リュックを背負った。その背中を、潤が呼び止める。


「恵未、頼みがある」

「はい! 先輩の為なら、例え火の中水の中草の中森の中!」

「なかなか大変そうだな……。実は帰りに、寄ってもらいたい場所があるんだ。恵未の携帯に地図を送ったから、向かってくれ。道が分からなかったら、倖魅に電話をすれば対応してくれるから」


 了解しました! お菓子、御馳走様でした!――と元気に挨拶を済ませ、恵未は颯爽と去っていった。


 突風のような存在が抜け、幾分静かになった天馬家。


 翔が固定された腕をぼんやり眺めていると、盛大な破壊音と共に「大変なんだぜ!」と、賑やかな声が壁をぶち破って飛び込んできた。

 文字通り壁をぶち破って現れた男、東輝(あずまてる)は、愛馬である有翼馬(ペガサス)疾風丸(はやてまる)を消すと、床へ飛び降りた。


 洗濯物を取り込んだ倫が、凄い音がしたんだけど!? と走って来たのだが、輝の姿を見るなり、そそくさと音もなく消えた。そんな事は露知らず、輝は天井を指差しながら、翔へ詰め寄る。


「大変だぞ翔! 空を飛んでいたら、モシラが居たんだ!」

「モシラ……って、映画の、大きな蛾?」

「そうだ! ゴヂラと戦った事もある、あの蛾だ!」


 翔は、本当に居るんだね、と輝の勢いには乗りきれていない。

 拓人が横から、「輝さん、それきっとキメラですよ」と言うと、輝はぽっかり口を開けたまま固まってしまった。


 少し間を置いて輝は、確かに……、と顎に手を置き、


「体の部分は人間のような形をしていたかも……」


 と神妙な顔で呟いて、


「だが、空中で爆散(ばくさん)していたぞ」


 近くで見たくて近付こうとしたら、急にドカンだ! と、輝は派手に両手を広げて見せた。


「輝さん。他に、大きな昆虫みたいな生き物は居ましたか?」


 拓人の質問に、輝は首を横へ振って答える。

 何でそんな爆発なんて……、と頭を悩ませる拓人だったが、大きな溜め息を吐いて、指先で眉間を支えた。


「っつーか、まさかそんな大っぴらにやって来るとは思わなかったな……」

「先刻《P×P(ウチ)》の所員が寄越した書類によると、《自化会》の会員が多く通う高校の情報が漏洩(ろうえい)したそうだ」


 のんびりとほうじ茶を飲んでいる潤が、のんびりとそんな事を言った。そして、のんびりと続ける。


「発信方法がメールだったから特定出来たらしい。メールでのやり取りは、それきりだそうだ」

「それは大変だ! 光! 光はもう下校しているのか!?」


 いつも飄々と構えている輝が、ひどく取り乱して慌てている。

 翔は輝の背中をポンポン叩いた。


「大丈夫だよ。光には父さんがついてるから」

「呼んだか?」


 何の前触れもなく翔の横に現れたのは、話題の人物――光の使い魔である、深叉冴だった。




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